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卓話 「新倉定治 会員」

卓話者: 新倉定治 会員
 
 
 どうもこんにちは。

(「わが人生のハーフウェイ」  作詞 なかにし 礼)
 
(拍手)ありがとうございました。この歌を15~20年前に唄いたかったのです。白髪もチラホラ、お腹も出てきて、そのためにあるような歌だったのですが、私の会長年度のときに第一例会で、これを唄って始めようと思ったのですが、ときの副会長と幹事に猛反対をされまして・・とにかく凄いのです。「この伝統ある横須賀ロータリーで歌なんか唄ったらトンデモナイことになる」と、真剣な顔して(反対されました)。
これだけ真剣な断りのコメントがありますとこっちも真剣に唄いたくなってですね。ま、ずっと根に葉を持って15年。やっと15年たちまして、加藤会長から「話をしてくれ」と言われたのですが、話はうまくないから歌ならいつでもいいよと答えました。「それなら歌を唄っていいよ」と、今日はお許しを得て、私の念願がこのロータリーで唄えたという非常に記念すべき今日、9月4日でございます。
当時何を思ってこの歌を唄おうとしたのかと言いますと、その前の年、大河原さんが会長で、地区大会が横須賀で行われた、ガバナーは小沢さん、今のメルキュールホテル、芸術劇場を使って行われました。大会前日にご存じの会長幹事会があります。その席にRI会長代理のリチャード D. キングさんが私の会長年度の前にこの横須賀の地に来て、会
長代理として、会長幹事会に出席をされた。その厳粛な会に、しんと静まり返って、紹介を受けて、ご夫妻でお立ちになって、マイクの前に立ったとたんに歌を唄い出したのです。これは私にとって衝撃であり、感動でありました。はじめてそういうことに遭遇しましたし、こういう正式な席で、ご飯を食べたあとのリラックスしたムードではなく、きちっと並んでいる席でございますから、その中で歌を唄われたというのは度胸があるけれども、雰囲気的に・・あまりにも勉強する雰囲気が硬すぎてはいけないということでしょうけれども、これでにっこりした方もいらっしゃったし、開いた口が塞がらないという方もいらっしゃったし、いろいろな顔を、表情をされました。
話すときに雰囲気が固ければ柔らかく、柔らかければ固く話すプロの方がいらっしゃって、アントニオ古賀さん、彼は、いちばん最初にギターでがしゃがしゃがしゃとやって、皆の注意をバッと一点に集中させる。懇親会の席でざわついている、それをピタッと黙らせる。これがひとつのやり方でございます、としゃべる人でした。また、対岸の千葉県では、ハマコーさんはいくら騒いでいても、賑わっているところでも、ハマコーさんが入って立たれると同時に喋り出すのですが全然聞こえない、ざわついていて。その代わり、だんだん、だんだんこう皆が静まるのを待っているようにしてぶちぶち何をしゃべっているのか分からない。マイクを通しても小さな声でしゃべって、そのうちだんだん静かになったところで、自分の本題
 に入っていく。こんな方もいらっしゃっていろいろだなと思いました。
そんなことで、これはいただけるなと思って、会長年度の時に第一例会で是非唄おうと心に決めていたのですが、残念ながら唄うことができませんでした。当時は唄えなかったが、今日唄わせてもらって、ちょうど卓話の席でお休みの時間ですがうるさかったら目をあいて聴いていてください。
入会は1984年11月に、稲垣忠雄さんという外科の先生で、このかたは高校生のころからのお知り合いで父ともお友達で、その方に薦められて、奉仕というのは、一人でやる奉仕もあるけど、みんなでやる奉仕もあるのだから、もうそろそろいいだろうと言われまして、入会をさせていただきました。そのときも稲垣先生からは、人にはそれぞれ色んな奉仕のやり方があるので世の中にでてきて、何か役に立つことをやっていくことが人間としてこの世に生まれ出た使命があるのだからと、入会をさせていただきました。当時、渡辺直人さんが会長、副会長が谷繁信くんのお父さんの谷幸信さん、幹事が、太田陽三会員でした。入会を許されるバッジをつけられる、皆さんにあいさつするこの前に、ちょっと情報委員長のところへ行ってき
 なさいと太田幹事に言われまして、当時はそういう手続きがありまして、情報委員長からロータリーとは何ぞやというところを聴いてまいりました。ロータリーの基本的理念、奉仕の理想、奉仕とは稲垣先生にも言われましたけれど、ひとりでやる奉仕と、みんなでやる奉仕があるのだと。ひとりでできる奉仕は職業奉仕なのだ。これがほかの奉仕団体にはない奉仕なのでこれを理解してほしい、それは何かと言うと、自分が職業を通じて皆さんに奉仕するということは抽象的で分かりにくいけれども具体的にいえば、自分が生業としている職業を誇りに思って、そしてその業界の代表者であるということに事欠かないような人格を持っていけるように努力をしていく。という事でございました。恥ずかしくない、言動に注意をして�
 �活するようにと注意を受けました。
入会当時は訳が分からずやっておりましたが、それから何年か先に親睦委員長をやらされまして、そのときに大きな出会いをいただきました。もっと狭かった、前の商工会議所の会場だったので第一テーブルには、いまでいうなら髙地さん、上林さんとかそういう方々が座るような、席替えがない、専用のテーブルが真ん前にありまして、そこにお客様を必ずお通しするそういうシステムでした。そこに奈良大宮RCからいらしたお客様をご案内して席に着いてもらいましたが、どなたもそのお客様にお声をかけないし、接待が出来ないので、私が傍に行って、「ようこそいらっしゃいました」といって名刺交換をしましたら、ブリジストンと書いてありました。私は「ブリジストンですか」向こうは「新倉さんですか」と「え!」と
 、実は私の従弟がブリジストンに勤めておりまして、その時の関西のタイヤ部長をやった時に喧嘩相手だったらしく、印象があってそれで「新倉さんですか」となりました。私は従弟を通してブリジストンの方を色々紹介してもらっていたので「ブリジストン」と言ったのですが、ま、出会いがありました。彼が帰るときそのあとの予定がなかったので、三浦半島をご紹介しましょうといって、半周しました。そのなかドライブしている間に今日はどういう目的で横須賀にいらっしゃったのか尋ねると、「鉄の船を見に来た」「奈良は海がありませんからね」。『鉄の船』とはなにか訊きました。のちのち分かったのですが、海軍オタクなのです。彼の導きでいろいろなところを見せていただいたり、横須賀にいながら、横須賀を案�
 �してもらうそれくらいの人材でした。それこそ、観艦式の券を私に送ってくるとか、総監部のなかに案内してもらうから一緒に行きませんかと誘われたり、結構通じている。私より十くらい齢は下なのですが、そんなことがありました。のちのちには、私の長男の仲人まで奈良の人間にやってもらいました。そんな仲にまでなりました。横須賀ロータリーにはたくさんのお若い方がいらっしゃいますが、どんなご縁があるかわかりません。このロータリーは全世界に通じているそういう組織ですから、地方のかたにも、どこの方ともお知り合いになって、近づいて親しくなって、つながりを持ってどういうふうにお世話になってどういう勉強をさせてもらえるかということがたくさんあると思いますので、どうぞ人と人との出会いを�
 ��切に大きく育んで戴ければなということが、私の当時の想いでございました。
幹事をやらせていただいたときに、事務局が、今は三宅さんにすべてやっていただいていますが、ちょうど4月に大学を卒業した女性が入社されまして、7月に、私が幹事をやる年度の事務局をやるという状況で、私も1984年に入会して89年にはもう幹事でしたから、まだ5年間しか経ってないので、てんでロータリーの「ロ」の字も分からないようなまだまだ状況でございました。しかし私よりもっとわからない人が事務局をやるのですからこれはもう大変なことでございましたが、北ロータリーの大沼さんという事務局の古い方がいらっしゃって、お願いして、こういうわけなのでひとつ是非教えてあげてくださいと頼んだり、いろいろロータリーにあった事務局の方にもお願いに上がって、やりました。で私が幹事で、ほかのロー
 タリーも全部、よく知っている人間が幹事をやっていたので、菅原君なんて小学校からの同級生ですから、今の北は、会長やっている福島君、みんなそれぞれ各クラブの幹事が全部お知り合いでしたので、幹事と事務局の打ち合わせ会をやろうと、声をかけて、毎月1回かならずやって、懇親会をやって、みなさんにお世話になって。いまはもうやっていないと思いますが、各クラブのつながりを持ってやるような状況に相成りました。会長年度のことをもっとお話ししたいのですが、時間がございませんので、私が歌を唄いたかった現われとしましてはとにかく音楽を取り入れた楽しい例会をやろうというふうに思いましたので、ミュージシャンの人たちを入れた例会をずいぶんやりました。そして毎回の例会はここでピアノ、ク�
 �ビノーバを入れて、そこでピアノを弾いてもらって生の演奏で毎回の例会を過ごしました。そのピアノを弾いた男が、まともにロータリーソングを弾いたことがないという、レ・フレールという兄弟で連弾する斎藤守也という兄の方、その本人なのです。本人は1年、1年半後には、われわれの手に届かないところまで行ってしまった、それくらいの人間にここで弾いていただいておりました。
もうひとつ、道畑さんという航空自衛隊の偉い隊長さんがいて、プログラム委員長をやっていただいたのですが、その方はいま、中華街のとある、GINというバーで毎月第三金曜日夜8時からピアノを弾いてらっしゃいます。2か月前に行きましたが、そこに現れた女性が「いや、しばらくです」と言ってきたのです。青山愛さんという人です。覚えていらしたら凄いですが、声楽家です。「以前例会にお伺いしました」と、ここで唄って戴いた方にお遭いしました。そんな出会い、こんな出会い。出会いを大切に、人を大切に、いろいろな人生を歩めたらなと思います。
最後に自分で作った歌がありまして、これを披露して終わりたいと思います。歌ではじまり、歌で終わるという・・
 
                「心は虹色」
  ♪心ってどんなもの、広い広いもんだよ どうして広いの どうしてなの?
    みんなと仲良くなるために あの高い空のように、 ル・ルルルル
  ♪心ってどんなもの、深い深いもんだよ どうして深いの どうしてなの?
    全ての人を許すために あの青い海のように ル・ルルルル
  「虹がかかる心と心をつなぐ七色の光が 新しい友を生み ふれあうために」
  ♪心ってどんなもの、清い清いもんだよ どうして清いの どうしてなの?
    貴方も君も清いから 雪解けの水のように ル・ルルルル
  ♪心ってどんなもの、萌える萌えるもんだよ どうして萌えるの どうしてなの?
 
    仲間の煌き広がるからさ 草原の風のように ル・ルルルル
                草原の風のように ル・ルルルル
 
 こんな思いで、これからのロータリー生活を送らせていただきます。どうもありがとうございました。
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