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<卓話>「 聴きおぼえありませんか?このメロディ 」

20160325.jpg 今日は楽しく皆様と一緒に過ごしてまいりたいと思いますが、お陰様で私1987年から作曲家、ギタリストをやっておりまして、作曲家生活29年になりました。楽曲提供は、先ほどもご紹介戴きましたが、郷ひろみさんとかいろいろと提供させて戴きまして、現在は駅メロディの世界でちょっとだけブレイクしているという状況になっております。これまで200以上の駅に150曲ほどの作曲もしくは編曲をして提供しているということになりますが、曲の数だけをいいますと、今のところ日本では一番ではないかと思います。ただし、後ろからどんどんいろいろな人が追いかけて来ますので、特に向谷実さんとか、非常に高名な音楽家が追撃して来ていますので、油断は出来ないのですが、そのような感じです。先ほどもご紹介戴きましたが、CDとか本も出させて戴いております。
 私のことを今日に至るまで、ご存じなかったという方、あるいは僕の作品というのを、果たしてどういうものが僕の作品かということをご存じない方もいらっしゃるかもしれないので、まず私の作品を代表的なところから聴いて戴こうと思います。まずJR東日本で、50位の駅で使われている「JRSH1番」という作品から聴いてください。
僕の作品の中で一番使われておりまして、最盛期で70位の駅で使われていましたが、今は50幾つの駅で使われています。東京近郊のみならず、軽井沢とか青森県でも一時使われていたものです。そして、今ちょっと流れてしまいましたが、「SH3番」という音楽は東京駅の山手線ホームで使われておりまして、これも30位の駅で使われているので、お馴染みのメロディであります。
 地方から上京してきた方が、東京駅で新幹線を降りて、さぁ!これから自分の目的地へ行こうというときに、在来線のホームに立つ訳ですが、そこで初めて聴く音楽がこの「SH3番」であるケースが大変多くて、東京を象徴する駅メロだと言われたりもしています。
今お聴かせしたメロディに関しては、今でも総て現役で使われておりまして、使っている駅の数は、僕の作品より多くて、今お聴かせした曲などは、100位の駅で今でも使われていると思われます。そしてこの音楽、ヤマハさんが作られた音楽というのは、渋谷駅と新宿駅に限定されていたこともありまして、こういった後発の作品が他の駅でたくさん使われるようになってから駅のメロディは世間を席巻することになる訳です。それで関東地方ではかなりの勢いで1998年を過ぎてから、そういったものが使われるようになりました。当然批判みたいなものもありまして、苦情も殺到しましたが、概ね人気を博してどんどん進化していく訳です。そして僕が 1998年の暮れにある音楽事務所に呼ばれまして、「今度、塩塚さんに駅のメロディを作ってほしい」と言われました。どういう発注かといいますと、「今まで使われている駅のメロディを全部カセットテープにダビングして聴かせるから、これと違うものを作ってほしい。あなただけのオリジナルの作品を作ってください」という発注の仕方をされました。私も悩んでしまいました。僕の作った曲が採用されると、一日に何百回、年間で何万回再生され、しかも複数の駅で採用されると、それに乗じた使われた駅の数になる訳です。下手なものを作ると、苦情が来るだけじゃなくて、殺されるのではないかと思うほど、大変な緊張感をもって作曲したことを思い出します。塩塚作品の作曲のテクニック、秘訣みたいなものは後でまとめてお話させて戴こうと思いますが、 1990年代、駅のメロディの人気が次第に出て、普及していったことに非常に大きな後押しをしてくれた2つ要素があります。一つは何かといいますと、携帯電話の普及でございます。携帯電話に着信メロディいわゆる着メロというのがありまして、最近ではあまり流行らなくなってしまいました。現在では、皆さんブルブルっと震えるモードにしておくことが多く、あまり音を出して着信を知らせるものは最近あまり流行らないのですが、1998年9年位から相当な勢いで流行りました。私はピンときたんです。僕の作った駅メロディ作品を携帯の着信メロディにしたら絶対に受けると思ったのです。それで僕は自分で売り込みを掛けまして、自分の作品を聴かせたところ、担当者が「これは受ける!是非使わせてほしい」と言って、最初2、3社だけで始まったものが、たちどころに着信メロディを配信している会社の総てが、僕の作品ばかりでなく他の方の作品も含めて、駅のメロディを着信メロディとして採用してくれたのです。駅のホームで駅メロディが鳴るかもしれない状況の中で、携帯電話から僕の作った駅メロディが、ちゃららららら・・・と鳴ったりして非常に紛らわしい世界が繰り広げられたのも丁度この頃でございます。
  そして、携帯電話の普及ともう一つ駅メロディが後押ししてくれたのは、インターネットの普及です。これはなぜかといいますと、鉄道派、鉄道オタクなどという言い方もされますが、鉄道を趣味とする人たちというのは、この当時は非常にアングラで、世間に隠れてコソコソと鉄道を愛好して訳でございます。ところが、丁度この頃から鉄道ファン、鉄道が大好きな人たちが、胸を張って堂々と世の中にカミングアウトすることが出来るようになりました。その一つの要因としては、インターネットが普及して、鉄道好きな人が自分のウェブサイトを作りました。鉄道好きな人、例えば“撮り鉄”“乗り鉄”“音鉄”など鉄道好きにはいろいろなジャンルがありますが、それぞれに自分の好きなものをウェブサイトに載せて、同じものを好む人がどんどん寄り集まって来る、で皆がBBS(電子掲示板)にものを書き込む、そういったことが、この頃から盛んになりました。そしてありがたいことに、駅のメロディが大好きな人というのがたくさんおりまして、それによってウェブサイトがたくさん誕生した訳でございます。そして、僕の作品も、当時僕が作ったことはまだ誰も知らない時代ですし、曲名も付いていなかったのですが、勝手に私の作品に、いろいろなタイトルが付けられまして、「この人の作品は、なかなか安定していて爽やかで良い」というようなことが書かれたりしたものでございます。このように、結果的に数々のウェブサイト、インターネットの普及によりまして、鉄道そして駅のメロディがどんどん人気を得ていったということがいえるかと思います。そして、駅のメロディが一頻り行き渡り、人気を博して現在に繋がるのですが、1990年代後半に新しい流れが生まれてまいりました。これが何かといいますと、“カバー駅メロ”“ご当地駅メロ”といわれるものでございます。これは既にお馴染みの曲をアレンジして駅メロディにするというものですが、例えば皆さんがよくご存じのところでは、高田馬場駅で「鉄腕アトム」が流れている、それから蒲田駅で「蒲田行進曲」が流れている、この2つが、実は先駆けとなった作品になっているのです。そして、僕自身もいろいろなものを作りました。
  戴いた時間迫ってまいりました。私の今後の展望みたいなことを少しお話しさせて戴きます。駅のメロディの世界はこれからもまだまだ進化致します。まだ歴史の浅い音楽分野ですから。という訳で、僕自身もこの世界で十分やり切ったとは思っておりませんので、いろいろな企画を考えて、まだまだこの世界で冒険したいと思っております。日本だけでなくて、世界の他の都市にも活動の場を広げたいと思っております。パリとかソウルでは既にこの日本の駅のメロディを真似て、スタートしているらしいという情報が入ってきておりますので、僕自身も是非海外にも進出したいと思います。実を言いますと、僕は鉄道が好きでやっている訳ではないので、発注を戴いてからやっているのであります。最終的には交響曲を書きたいのです。音楽大学は出ていませんが、日本フィルハーモニー交響楽団に2014年に「鉄道交響詩」という6分位のオーケストラ作品を提供しているのですが、是非この路線で死ぬまでに交響曲を1曲作りたいと思っておる訳でございます。
 時間になりました。若輩者の話しをご静聴戴きありがとうございました。横須賀ロータリークラブさんのますますの盛会をお祈り致します。
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