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<新会員卓話 2>「 自己紹介 」

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                                     益 山 賢 太 会員
308902.jpg 本日、新会員卓話を担当させていただきます、2月に入会させていただきました益山です。よろしくお願いします。
 今日は、自己紹介を兼ねました趣味と、職業柄、旅に関するお話をさせていただければと思います。
 私は昭和42年11月に鎌倉で生まれました。従いまして来年は年男になります。祖父・祖母・親戚が山好きだった影響もあり、高校時代は山岳部に所属しました。週末は丹沢を中心に、またシーズンには北アルプス、南アルプス、八ヶ岳などを仲間とともに縦走しました。中でも奥穂高岳から見た、夕焼けの美しさは今でも忘れられない思い出になっています。
また高校時代は山岳部の活動の他に、応援団に所属していました。夏は野球部、冬はサッカー部が全国大会に出場したこともあり、毎日のように校歌をメロディーラインなしに歌い続けていた記憶があります。応援団では1学年先輩の団員がいなかったこともあり、2年生で団長代行となりました。この時の3年生のチアリーダーが女優の鈴木保奈美さんでした。16歳の団長代行と17歳のチアリーダーの間に何があったか!この場では語れませんが・・・・今でも色鮮やかな思い出になっています。
 大学時代は、競技スキー部に所属しました。12月から3月のシーズン中は学年末試験の時期を除き3か月程度、合宿生活を送りました。冬ですのでライフガード合宿生活で悪臭に悩まされた山下会員ほどではありませんでしたが、それでも男同士での相部屋生活は悲惨なものがありました。朝起きた時に、頭上に干してあった仲間のパンツが自分の顔の上にあったこと・・そのパンツは洗い忘れであったこと・・。
私は鎌倉育ちでしたので、技術系の種目では歯が立たず、ダウンヒルやスーパー大回転といった高速系の種目をメインにやっていました。北海道の幌加内という日本最低気温観測地のある合宿所で、日々ヘルメット着用で練習していましたので、「恋人はサンタクロース」などという当時はやったスキーソングは聞かず、浜田省吾や長渕剛ばかり聴いていました。大学時代最後大会を控えた4年の1月に右足を骨折、同年4月に松葉杖姿のまま日本交通公社に入社し、最初の半年間は電話番という、「幸せな結末」とは正反対の学生生活のエンディングでした。
 学生時代の話はこの位にして、旅に関する話を1つしたいと思います。題して「旅のチカラ」です。入社2年目だったと思います、私は修学旅行の営業を担当していました。男子生徒のみの工業高校の九州修学旅行の添乗に行った時のことです。生徒の3割くらいは、今ではすっかり見なくなりました“鶏のトサカ頭”にサングラス着用で氣志團のような姿でした。先生にも悪態をつき大変な思いをしましたが、何故かバスガ
イドさんの言うことには従順でした。4日間の行程を終え、寝台列車で帰るために博多駅に向かうバスの車内で、ガイドさんがお別れにイルカの「なごり雪」を歌い始めた時のことです。それまでさんざん悪態をついていた“トサカ頭”が一斉にサングラスをかけ、鼻をシクシク鳴らし始めたのです。そんな彼らの一人が帰りの寝台車で私のところに来て、「将来、鉄道関係の仕事がしたくなった」と言ってきました。自分にとってこの修学旅行が最高の思い出になったので、旅に出る人のお手伝いがしたいと。その後、営業でこの学校を訪問した際に、彼が鉄道会社受験のため、トサカ頭をやめた話を先生から聞きました。彼がどうなったか詳細はわかりませんが、旅が彼の人生の転機になったことだけは間違いないと思います。
 ハレの場でもある、「旅」は近年、マーケティングやメンタルヘルス等、様々な場面での利用が推進されるようになりました。旅にはいろいろな出会いや感動、そして自分の内面を含めた新たな発見があります。皆さんも大変お忙しいと思いますが、たまには、こうした「旅のチカラ」を利用し、人生に彩りを添えていただければと思います。
 本日は、このような機会を与えていただきありがとうございました。ロータリークラブに入会し10か月になりますが、会員の皆様から色々な話を伺うことができ、私も人生の幅を広げることができたと思っています。この場をお借りし、感謝申し上げます。また、今後ともご指導のほどよろしくお願い申し上げます。
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