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<卓話>「 医療・介護の2025年問題 」

<卓    話>        医療・介護の2025年問題

                                                         元厚生労働事務次官 水 田 邦 雄 様

3080.jpg 私は横須賀出身で、父親は海軍・海上自衛隊、ご紹介頂きました谷副会長は従兄弟にあたるといった色々なご縁があります。またもう一つ加えるならば、小泉純一郎さんが初めて厚生大臣を務められた時の秘書官をやっていたということで、足が抜けがたいといったところでございます。本日はお招き頂きありがとうございます。喜んで参上した次第です。

ご紹介ありました通り、40年近く厚生労働省に勤務しておりましたが、振り返ってみれば半分以上は医療・介護の仕事をしておりました。そこで本日は医療・介護の話をさせて頂きますが、ご覧になった方もおられるかと思いますが、さる5月の末にNHKスペシャルで「日本の医療は守れるか?2025年問題」という放送がありました。実はそのゲストスピーカーに招かれておりましたので、その時の話を下敷きに話をしたいと思います。

2025年がどういう年かというと、多くの方もご存知かと思いますが、団塊の世代が75歳 後期高齢者に到達する年であります。75歳以上高齢者の推移でありますが、1995年に高齢社会対策基本法が成立しましたがこの時は700万人、それが15年後の2010年には1400万人規模、さらに15年後の2025年には2100万人規模、長らく日本は高齢化問題にどう対処するのだと議論されてきましたが、いよいよ胸突き八丁といったところに来ているということです。2025年を過ぎますと団塊ジュニアが高齢化する2050年頃にまた問題が発生してまいりますが、しばらくはこの大勢で推移していくといったところですので、あと10数年で必要な社会システム・高齢化社会に対応できるシステムが構築できるか、といったところにかかっている、いよいよ正念場であるといえると思います。

もちろんその裏には、少子化問題がありまして、これが解決されないとそもそも日本民族そのものが消滅してしまうということになるのでありますが、それはそれといたしまして、今日の話は10数年後に迫った最後の次元にどうやって入っていくかということをテーマにさせていただきたいと考えております。

実は東京・神奈川・千葉といった地域が一番後期高齢者が増えるところでありまして、この横須賀にとっても大きな問題であると思っております。

この2025年問題で何が大変かと申し上げますと、ひとつは医療費でございます。現在、日本の医療費は40兆円位かかっておるのですが、それが60兆円に増加すると見込まれております。日本のGDPは

ざっと500兆でありますからから、その中の40兆が60兆に増えるということはかなり大きな負担でありますので、はたしてこれを賄いきれるのかという心配があるわけです。

もうひとつは、レジメにも「看取り難民」と書きましたが、経済 お金ではなく、社会 実態サービスの分野で何が起こるかということです。現在、年間120数万人の方が亡くなられておりますが、2025年にむけて年間160万人の方が亡くなられるということが想定されております。40万人近く死亡者が増えるということになります。現在120数万人のうち8割の方が、病院・介護診療所等医療機関で亡くなられており、日常生活の中で最後は医療機関で亡くなるということが常識化しつつある訳ですが、それが出来なくなるということであります。

それならば病院・病床を増やせば良いのではないかという議論がもちろんある訳ですが、日本の病院・病床の数は、実は欧米に比べて人口当たり3倍の数があり、その一方で、ドクター・介護師の配置は3分の1の薄さである訳です。したがって、病院を病院らしく「急性期医療」に対応できるようにするために、病院・病床数を集約し厚い配置にしていくということ、病床を減らしていくということが課題となっております。つまり病床数を増やすといった対応は、まず考えられない現状です。

したがって、40万人の人をどうするか、何もしなければ「病院に入りたくても入れない」こういう状態が起こってしまいます。

「看取り難民」という言葉を活字で使ったのは、どうやら私が最初のようでありまして、NHKが検索したら私の名前が出た、ということで先ほどの出演依頼があったようでありますが、この事象自体はよく知られていたことであります。こういった「看取り難民」を発生させないためにはどうしたらよいかということが、経済の面でも社会の面でも2025年までの大きな課題になっているのがお分かりになるかと思います。勿論、こういった問題があるということは以前から分かっておりまして、例えば直近の医療制度改革では2006年(平成18年)、当時ちょうど小泉純一郎さんが総理大臣、私が保険局長をやっていたおりまたが、実は後期高齢者医療制度を導入した時でございまして、記憶にあろうかと思いますが「姨捨山を作るのか」とか「高齢者は死ねということか」とか、散々みのもんたさんを始めとして叩かれた訳でありますが(今どこいっちゃったのか分かりませんが)、お陰様で定着したようであります。

ただ、本当はこれは話の半分でありまして、その時の制度改革の一番の目標・内容としては、増えていく医療費をどうコントロールするか、できるだけサービスの質を落とさずに医療費を抑制することはできないか、ということでした。

その時、どう取り組むかということで色々なアプローチがあったのですが、経済学者の方は「患者負担を増やしたらどうか」と主張された訳です。当然ながら自己負担が増えれば不要・不急の受診を控えようということになりますので、一定の効果があるのは認めるのですが、ただ既に3割負担になっていることと、患者の負担増というのは一時的には効果があるのですが、医療サービスというのは必要なサービスですので、経験的に1年たつと元に戻ってしまう、つまり一過性の効果しかないものであります。これを何度も繰り返すのは難しいということがありまして、むしろ構造改革で取り組みたいということを言った訳です。

構造改革の一つは予防ですね、患者を作らないとういのが一番です。「予防に勝る治療はなし」というと小泉首相も「そうだ」と言って賛成してくださいました。もうひとつは、医療・介護サービスの再編成と書いていますが、出てきた患者さんを出来るだけコストが高くてQOL生活の質)の低い病院のような環境から、コストが低くてQOLの高い在宅・在宅的な環境へ出来るだけ早く復帰してもらうという、患者の流れを良くすることによって必要な病床数を減らし、その結果として医療費を減らせないだろうかと考えたわけであります。

そして予防の方は幸いな事に「メタボ検診」という事で有名になりましたが、平成20年から導入されました。これは当時から分かっておりましたが、肥満をもとにして高血糖・高血圧・高脂血症という4つのリスクを持つ人は、10年たった時通常の人より医療費が顕著に高いということが縦断調査でよくわかっておりました。このリスクを減らす事により、医療費を抑えられるという事で、「そんな治験はあるのか」と随分言われながら、平成20年から開始し、5年間たったところで日本の肥満者の数がずいぶん減ってきておりますので、長期的には効果は出てくるだろう、と考えております。

一方で、難渋をしましたのが医療・介護サービスの再編成・効率化ですが、どうしてかというと覚えていらっしゃるかと思いますが、当時医療崩壊とか勤務医が疲弊しているという話があったのであります。

そうすると、ひとつは急性期の病院の再構築をしなければならない。数は絞るにしても必要なところにはたらい回しという事が無い様に(選択と集中といっておりますが)、数は少なくするけれどもしっかり受け止めなければなりません。もうひとつは、医療は必要としなくなったのだけれども退院できない、という方が相当数いらっしゃる。これは説教すれば済むということではなく、家に戻った在宅・在宅的な環境でも、必要な医療・介護が得られるという確信をみんなが持てるようにしなければならないわけです。先ほどの急性期医療を川上としますと出るところ、川下のところもかなり資源を投入しないと出来ないだろうということで、お金がかかることはその当時では無理だということになりまして、当時できることだけを実施したのですが、政策担当者としては心残りの結果となりました。

ただ、心残りということで話が終わったわけではありませんで、小泉改革の後(小泉総理も後でおっしゃっていたのですが「自分の使命というのは、出来るだけ社会保障にしても、削れるものは削っていく。本当に削れるものを削って、みんながさあこれからは増税でも認容しよう、というところまで持っていくのが自分の役割である」ということでした)、はたせるかなというべきか、その後の麻生政権の時に発想を転換して、社会保障を極限まで切り詰めるという発想ではなく、むしろ2025年にはどんな医療・介護サービスが必要なのかというところから考えよう。そしてそのサービスを支えるためには費用がいくらかかるのか、それを財政再建と絡めながら実現するような改革をしなくてはならいだろう、という発想が始まりました。それは、社会保障と税の一体改革につながっていくのですが、幸いこれは民主党政権になっても繋がっていきまして、与謝野さんという立派な大臣がおられたのですが引き継がれ、民主党政権の下でもきちんと位置づけられ、安倍政権になって、4月に8%に消費税が引きあがったということで、社会保障の改革は短期は出来たわけです。

先ほど申し上げましたが、今回の一体改革ですが、財政再建と社会保障制度の立て直しの二つを両方一度にやろうという事です。具体的には、消費税率を5%上げて、そのうち4%を社会保障に使うのだけれど一般会計に回す。つまり税金と借金で賄った分を肩代わりする、それがすなわち財政再建に役立つ。そして残り1%のところで、医療改革・構造改革と少子化対策を進める、そういう整理とされております。

この一体改革はどう評価してよいのかということですが、これは大変難しい話でして、一体改革の中で特に消費税率のアップが言われる訳ですが、社会保障、例えば医療保障の費用はだれが負担しているかというと税金と保険と患者の一部負担の三つの財源をからなっています。今回の消費税率のアップの問題を見ていると公費の問題なのです。では社会保険料はいったいどうなるのかというと、いま厚生年金・健康保険合わせて30%弱の負担となっているわけですが、それを32.5%まで上げなければならない。これは現在のドイツ・フランスの水準ではあるのですが、この場には経営者の方がたくさんいらっしゃいますが、社会保険料が2.5%強上がるということは、ほとんど1割上がるということなんですね。

安倍政権は成長戦力という事を言っておりますが、それは目先の税率を8%・10%に上げるという問題ではなくて、2025年まで続く社会保障と税の一体改革を支える為に、どうしても必要なのだという事で、問題を的確にとらえていらっしゃるなと思うのですが、それが逆に実現しないとなかなか大変な問題となってしまいます。

もうひとつ大変なことですが、カネ・ヒト・モノと書きましたが、先ほど申し上げましたが、2025年には今と比べて必要なサービスを増やしたいと考えており、それではその担い手をどうするか、という問題となります。今、看護師さんは145万人、介護職員の方が150万人いらっしゃるのですが、2025年に必要なサービス量を計算すると看護師さんは50万人、介護職員さんは100万人増やさないといけないという大きな数字・目標となるわけです。ただ、これが出来ないか、というと過去の経験からするとこれくらいの規模で増やしたこともありました。それは不況の時代だからできた訳で(特に介護職員は中高年の雇用として)、これからの成長戦略のもとでは、これまで以上に医療・介護の人材を見つけるのは大変なことになろうかと思います。ただ、先ほど申し上げた通り、爪先立ちをしてやって出来ないことはないかな、というぎりぎりの水準ではあります。ただ、介護ロボットを使うとか、介護の中身についてもボランティアの人で出来ることはやってもらうとか、専門サービスの使い方を大事に使うとか、色々な手立て・政策方針を打たないと実現が難しいという水準かなと思います。そういうぎりぎりの爪先立ちをしてようやく手が届くか届かないかというところに、実は消費税だけでなく社会保険料負担の問題、そして人の問題があるのだということで、それに対して政策や手だてをしていかないと難しいのですが、一応船出は出来たかなという感じがしております。

ただ、一番難しい問題は「国民の意識」だと思っております。ひとつは医療の世界で言いますと、なかなか病気の構造は変わらないのですが、病院の役割・期待されるものが変わってきておりまして、それをどこまで社会全体の人に認識して頂けるか、という事が鍵だと思っております。どう変わったかと言いますとお手元資料に「地域完結型医療の姿」という事で、脳卒中の例を載せております。脳卒中の治療の流れが記載されているのですが、脳卒中の治療は平成18年に大きく変わりました。T-PA(血栓溶解剤)が保険適用となったのですが、脳梗塞の方が3時間以内に血栓溶解剤を使用すると劇的に改善される。ところが同じ脳卒中でも、脳内出血の方に使用すると大変な事になってしまう。したがって、3時間以内にきちんと脳卒中の患者を診て、脳梗塞か脳内出血か診断できる病院に到着することが必要となる訳です(これは24時間起こっています)。そこで救命救急し、障害が残った場合はリハビリテーションをする。これも最近分かってきたことなのですがリハビリテーションも365日、できるだけ早期に始めて、想定される回復の水準まで、土日も休まず機能回復訓練を続けるというのが、今は標準的に必要なものとして認識されております。

更にそれが終わった後に、今度は日常生活においてのリハビリとか、在宅復帰するための療養環境や療養支援が必要となり、それから在宅に戻っていくのです。なにが言いたいかというと、かつての病院では感染症対策とか怪我だとか、一つの病院で治るまで診るというのがパターンでした。この間のテレビの番組でも、患者さんは命を救ってくれた病院で治るまで置いてほしいというのが出てきましたが、やっぱりその意識なんですね。ところが今の疾病構造からいうと、救命救急で命を救う病院はそれに専念して(その代り24時間体制で)、その仕事が終わったら次のリハビリの病院に回す。そしてリハビリの病院は、PT・OTさん(リハビリ助手)を使い、専門的にリハビリをする。全然仕事の中身が違うわけですから、むしろ一つで総合病院というのではなく、その医療機関が何の機能を持っているかはっきりさせたうえで、2つの病院を連携させていく。リハビリ病院と療養担当病院、さらに在宅という事で、どうやって機能分割・連携をしていくかといったところが、実は大きな大きな課題であるわけです。しかし、患者さんのほうでは転院するというのは見放されるような感じがするという問題がありますし、病院の医院長先生としては総合病院という形でどんな患者さんでも受け入れたい、かつ急性期をやりたい(社会的には後方支援も必要なのはわかるが自分は急性期をやりたい)という意識のずれが、患者側にも医療側にもあります。そこをどうやって乗り越えていくかというのが大変大きな課題だと思っております。

名前で言いますと、長い間日本の病院は病院完結型で来ましたが、生活習慣病等、疾病構造が変わった事により機能分割・連携といった新しい地域完結型というタイプに医療の現場は変わってきています。実は一つの手段として、病院間で地域連携をするという方法がありまして、どの病院でどの段階まで急性医療をし、そこから先はどの段階までリハビリをするといったように、在宅に至るまでの治療計画を作るという方法がありまして、これは昔は一つの病院の中でやっていたのですが、平成18年・20年・22年の診療報酬改正によって、在宅まで治療計画を作るというのが手段としては開発されておりました。横須賀でもやっておられるという話を聞きましたが、いま医療の世界はその様になっております。

まさに各病院は各地域で、自分の病院はどの機能になっているか、先ほどの脳卒中の例でいくと、何処に自分の病院はいるのかという事を都道府県に提出することになっております。今まで、A病院・B病院も総合病院であれば同じだと思っていたのですが、やはり強いところはここだということを示し、都道府県に届け・調整し、役割分担をしていこうということが始まっています。地域医療ビジョンという形で、今我々は漠然とA病院・B病院と言っておりますが、お互いの関係はどうなのかというのを示すような格好になろうとしております。学校であれば義務教育もあれば、私学もあれば専門学校もあれば大学もあればといったイメージがあり、何処に行けばいいのかと考える事ができます。しかし医療の場合は必ずしもそうではないので、どこの病院が何をやっているのかわかるようにする。ということは、患者も勉強しなければならず、お任せ型の医療ではなくて、患者も医療者側もそれぞれの役割を意識しながら受療していくという時代がやってきていると思っていまして、それを長寿リテラシー(情報・知識の活用能力)という言葉にしています。

お手元資料に記載していますが、現在はほとんどの病院が自分の病院は急性期の病院であると思っていて、必要な看護師を配置している状態です。ですから医者・看護師の取り合いとなって、結果として薄まきの医療となってしまっているという事があります。そしてお手元資料の図の真ん中、後方病院 リハビリの病院のところがとても薄いんです。ボトルネックになってしまっています。そうすると一般病院(急性期病院で)で治療が終わっても、リハビリに行けないという人がでてきます。ここでも非効率が生じているんですね。これは何としても2025年までに選択と集中で、現在自分の病院が高度急性期だというところが36万床あるのを18万床まで集中し、今まで以上にドクターと看護師の配置を厚くするという体制を作る。むしろ大切なのは、それを支える一般急性期・亜急性期の病院を厚くしていく。更にそこから先、病院にいる必要はないのだけど帰れない人をどうするか、というのが次の話でして、正に川下のところを支えるのが、お手元資料4ページの地域包括ケアシステムという事になります。図の真ん中に住まいがあり、医療・介護・生活支援・介護予防の5つ要素があります。それぞれ今これが出来ているというわけではありません、できる途上にある訳ですが、これから2025年にむけて消費税財源を使いながら、要介護状態でも急性期の病気でも地域で暮らしていけるという状況を日常生活圏で実現していこうということです。

これも先ほどのテレビ番組の話ですが、「在宅介護はできると思いますか」という質問に対して、中高年の市長さんの多数派は「出来ない」という事でした。これには理由があり、一つは混同があり、在宅というと自宅療養とか家族療養と同一視されている方が多いのですが、ここでいう在宅とは自分でものを決められる、つまり「いつご飯を食べて・いつ起きて・いつ寝るか」という生活実態を、施設ではなく自分で決められるかという事を在宅と言っております。そこに家族でも良いですが、外部からのサービスを入れて成り立つようにする。実はそれを成り立つようにするサービス料を計算して「10%」という消費税の税率を組んでありますので、あとはそれを地域でどう育てていくかということが必要になると思います。

そのテレビ番組で、実は「何とか自分達で在宅介護がやれています」と言われた方が少数派ながらいらっしゃいました。その人たちは、自分たちで使える資源を使いまくった、要するにケアマネさん・ショートステイをばんばん使ったと言われておりました。あらゆるものを使いこなして、初めて家族だけに頼らない在宅というものができるという事です。やはり、身近な所にどんなサービスがあり、それをどうやって使いこなすかという事、これもつまり長寿時代を生きるリテラシーであろうと思っております。且つ、それがもしも地域になければ、自分たちで引いてくる、作るとそこまでコミットしてやっていく必要がある。そして先程も言いましたが、このことは一番市町村が主体なのですが、市町村の場合、財政上の問題でなかなかできないということがあります。しかし今回の場合は背後に消費税財源がありますし、しかもこれは公的なサービスというよりは民間サービスです。したがって学習をして、足りないものはないか・新しいものを作る必要はあるのかとウォッチしていく事が必要であろうかと思います。

一番最近のサービスモデルとして、サービス付き高齢者向け住宅が20万床位できています。バリアフリー住宅で、高齢者が単身または夫婦でお住まいになられる。サービスであるのは、安否確認と生活相談の2つが最低限あり、必要なサービスは外から入れてくる(多くの施設にはデイサービスがありはするのですが)。もうひとつは、ある一定の地域を24時間定期巡回し、訪問看護・介護サービスを提供するという事業が、全国で400か所位やっております。正に、これは24時間訪問看護・介護でありまして、これがあれば在宅生活が可能になってくると思われます。訪問介護だけ・ホームヘルパーだけ・医療だけでは難しく、今は総合的なサービス提供をしていこうという小規模施設がありますし、いろいろ可能性が増えてきております。ある事業者が良いことを始めればそれを補助対象にしていこうという時代になっております。色々な試みがなされ、それを評価しておりますので、次々と出てくる新しいことを使いこなしていく為には学習しなければならない。そういう意味でも長寿リテラシーということは必要になってくると思います。

究極のリテラシーは、先程のテレビ番組で、ある開業医が主張されていたのですが、自分たちは治療していく上で、患者さんから「どんな最後の迎え方をしたいのか」を言ってもらわないとどういう治療してよいか医者だけでは決められないとの事でした。昔の様に切ったはったの救命救急であれば、一義的に決まっていましたが、例えば大腸がんであれば、手術をするのか・抗がん剤であるのか・それとも緩和ケアで最期の時間を作るのか、個人の死生観によるところです。それはむしろ、患者サイドで決めてもらわないと自分たちでは本来的には決められない。従って、今迄ですと「お任せします。最善のサービス提供をして下さい。」ということが大半でしたが、これからはドクターが「決めてください」となった時にやっぱり知識がないと決められないわけでして、長寿社会を生きていくにはそういった人任せではなく、自分で自分のことは責任を持って決めていかなくてはなりません。そのためには、次々に出来る新しいサービス等の必要な知識を知っておく必要があると言えるでしょう。時間となりました。ご清聴ありがとうございました。

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