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<卓話>世界の中の日本―45余年の北米、欧州での生活から

<卓話>     「 世界の中の日本―45余年の北米、欧州での生活から 」
スイス国立工科大学名誉教授
大 村   纂 様
20130125.jpg非常に詳細にわたる紹介をいただきまして、僕自身そうだったのかなと思う事も出てまいりました。私は祖父の時代から横須賀とは非常に関係が深く、飯塚会長のお爺さまと私の祖父は一緒に坂本町内会をしょっていました。父は長い間に渡り横須賀市の文化財審議委員会の会長を務めておりまして、20年前にこの世を去っているのですが、この日のためには子供として見ていましたが寝食を度外視しても働いてきたということをしていました。それに比べると私は不肖の子供でございまして、大学を卒業してすぐ日本の外の世界を見てみたいと思い、昭和40年初めでしょうか?一番お金がかからないのは南極観測隊の隊員になって昭和基地まで行けば日本の外が見られるだろうと思いました。若さのエネルギーをどこにぶつけたらいいのかということも手伝ったのかもしれませんが、難しい理論は考えずに越冬隊員に加えてもらえないかと恩師の指導教官の永田武先生・吉川虎雄先生(日本の第1回~3回と南極の観測事業の中心的存在)にたずねた答えは「2週間考えたけれども学部を卒業しただけではあぶなっかしくて行かせられない」ということでした。後に他人を指導する立場に立ってみてよくわかるのですが、教師として自分の教え子が「これをしたい」と言う事に対してNOということが非常に難しいです。NOと言ってくれる先生は非常にありがたい。だいたい事なかれ主義で「やりたい」と言うことに対してYESといってそのまま悪い方向へ行く生徒も多い。そうならないために自分の経験や卓見から判断してきちんとNOといえることの大事さを2人の恩師から教わりました。生徒は高いモチベーションをもってくるのでNOということで将来を台無しにしてしまうかもしれない。なので、学生にNOと言った後、そのまま放っておくのではなくて、まだ他のやり方があるんだということをみせるのが非常に重要だと思います。私の場合は「マッケージ大学の大学院にいってはどうか?」ということを言われました。とにかく日本の外を見たいという思いは強かったのでそれも良いだろうと思いました。北極研究で世界をリードしているカナダのマッケージ大学は、南極に行きたいと思っていた私にとっては非常に不本意でありましたが、先輩方が良い示唆をしてくださり、興味は「日本列島における気候変化」になりました。2万年前の氷河時代には日本に100を超す氷河が存在し、その半分は北海道、後の半分は本州日本アルプスを中心として氷河が存在しました。今でもはまぐり雪という万年雪の谷がありますが、はまぐり雪は氷河と雪渓の中間の所にあると解釈してよろしいかと思います。そうした極地を研究するのであれば、南極に行って極度に冷たい南極氷床(世界で一番大きい氷の塊)を研究するよりも、むしろ、「2万年前の日本列島に存在した氷河に近い北極の氷河を研究したほうが、理論的に再現するにはいいのではないか」と当時お茶の水女子大教諭の吉田栄夫先生がおっしゃってくれたり、いろいろな方にサポートされて日本の変化の状況や世界の変化の状況を見ることが出来たことから、「世界から見た日本はどのように見えるであろう」ということをお話ししようと思いました。
私は幸いに高等学校、大学と非常に良い同級生に恵まれまして、日本に帰ってきた時にざっくばらんに友人と話して気付くことは、時に非常に違う観点を持ってしまっているという事なんです。それが間違っているのかどうかはわかりませんが、違った意見を聞くというのも参考になる。情報をどれだけ多く集めるかということをやらないと思考すら始まらない。この重要さを私は身にしみて感じています。
日本に帰って驚くのは非常に強い「反省心」です。日本人の美徳であり強みであると思いますが、ごく自然な心の動きとして反省心があると言うことは皆さん将来にわたり誇示して頂きたいのですが、その反対としては絶対自分のすることに対しては反省しないということになります。語弊があるかもしれませんがアラブ諸国はこれが非常に強いです。ヨーロッパの中ではドイツが自己正当化をする心の動きが発達しています。日本文化に培われた自己反省の心が高じてしまうと元気がなくなってしまうので行き過ぎは良くないが、日本人の反省心は美徳であると思っております。自己反省の心が発達しているのは良いことですが、そのために少し自虐的な面もあるのではないかと思います。マスコミが悪いのかもしれませんが、日本の強さというものを意識しないで弱い所ばかりを強調しがちです。東北大震災の復興はすばらしいものがあります。東北新幹線もあの地震で脱線しない世界に誇るすばらしいシステムがあるが、どうしてもマスコミはそのようなポジティブな事は取り上げず非常に残念である。日本の「反省心」「技術・組織力の強さ」は世界に誇るべきものであり、また外国から見ると非常に良く見える。
スイスは世界における情報や文化の中心地であり、外交関係のリーダーシップを担っている場所です。スイスの政治的な中心地、連邦政府の中心はベルンであります。政府は軍事と外交を担い、連邦の中にあるカントンがその他のことを担当します。
このベルンの、日本では国会議事堂に相当する建物の前に、カフェーフェトラーンというレストランがあって、座っていると大変な情報、国家の機密に関する情報が入ってきます。ハリウッド映画でスパイが情報を手にするイメージですね。そういう典型的な場所として使われています。そこでは、日本の地位はとても高いのです。それは、明治維新以来、ヨーロッパに出られた日本人というのがとても優秀だったということがあると思います。礼儀正しさ、知識の豊富さ、そして心の安定性と豊かさ。そういうのはスイス、ドイツ、フランスでは伝統的に地位が高く受け入れられています。
日本だとバブルが崩壊したという表現がありますが、ヨーロッパではあまり語られません。日本の技術の底力は大変なものですので、実感がないのですね。
しかしある意味では、自己反省心というか自分自身の利害関係を外国に説明できる人がとても少なく、それは外交交渉において非常に障害になっていると思います。これは教育によってじゅうぶん修正できるものだと思いますが、私自身2度にわたって国を代表しなければならない立場に立ったのですが、大使があまり日本の利益を代表していないのです。私はもちろん中立的な立場なのですが、ある時はたまらずにみなさんのいない時に大使のところに行って、「これではまずいのではないか」と言ったくらいです。ところがあまり真剣に受け止められないばかりか、国際社会における自国の立場や諸外国との利害関係の問題を端的に説明される方はとても少ない。それができる方は、最近まで英国大使をつとめられた元外務次官の野上さん、ただお一人しかいませんね。そういう方が最近はいらっしゃらないのはなぜなのでしょうか。日本における教育レベルはとても高いのですが、外国との問題となると活用されていないというのがいくつか問題があるかと思います。
その一つは、語学であります。言葉ができなければ自分のみならず背負って立つ国家の利害を代弁できるものではありません。敵愾心を持っている国が多い中で、どうやって渡り合うことができるでしょうか。二つめは、留学して最初に気がついたことなのですが、人に対して自分なりの意見を明確に述べるスキルであります。特にイギリスの古い有力な大学の卒業生はこれが格段にうまい。何かの問題に対して、数分のうちに意見をまとめ、他人の前で発表することができます。どうしてかと聞くと、小学校からそういう訓練を受けているというのです。日本で言うと作文のようなものを書かせ、発表させる。同時に違う意見を持っている生徒と討論もさせるという科目があるのです。これをやっていると将来的に違いが出るのは明らかですよね。これらのことは、学校教育で十分にカバーできるものではないでしょうか。
その点、私は非常に英語で苦労しまして、モントリオールに行った最初の数カ月は何も英語が分からないのです。それでも中学、高校で何年も英語を学び、大学でもやったのですが、全然役に立ちません。その時、いかに情報を小耳に挟むことが大事か身をもって分かりましたね。それから猛勉強したのですが、やってみて2つのことが分かりました。一つは、日本における英語教育は「英語教育ではない」ということです。それは当時分からなかったですね。優れた先生でも、英語学者を育てる教育しかできないのです。自分の英語学を築き上げて、それをどんどん子どもたちに教えていく。言うまでもなく言葉というのは音でありますから、そのことを当時の指導者は気がついていなかった。もう少し“音の本質”を意識した教育をすることが大切なのではないかと思います。一度外国語に苦労すると、他の言語、例えばドイツ語を学ぶ時だって苦労してしまいます。日本における高等教育は、語学と健全な意見をつくることに主眼を置くべきだと思います。
もう一つ、中学高校と3年ずつに分けてしまうということは良くないと思います。これはヨーロッパにはなかったことです。戦後、アメリカ流の教育を導入したことがもとになっています。なぜ中等教育を2つに分けているかというと、アメリカは当時、高等教育までいく人がほとんどいなかったということがあります。なのに、より高度な教育が進んでいた日本が当時、アメリカの教育システムを導入してしまったのです。せっかく国民が持っている知能のポテンシャルを厳しいものにしてしまったのですね。
世界において日本の置かれている立場は悪いものではありませんので、以上のような教育のやり方を工夫していけば、より発展するものではないかと思うのです。
時間が参りましたのでこのへんにいたします。ご静聴ありがとうございました。
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