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<新会員卓話>今 野 成 敏 会員

 ロータリークラブの大先輩であります小澤一彦さんのご紹介で、昨年の10月2日に、横須賀ロータリークラブの一員に加えて頂きました今野成敏でございます。新入会員卓話という貴重な機会を頂き、関係者の皆様に心から感謝申し上げます。私の話の中には拙く分かりづらい部分もあるかもしれませんが、しばらくの間お付き合い頂ければと思います。入会にあたり、小澤さんより私の経歴をご紹介頂きましたが、現在、株式会社テンポアップで取締役副会長としての業務と、自分の生き甲斐である創価学会インタナショナルの活動をしております。今日は、①私と横須賀の縁②ロータリークラブで今学んでいること③創価学会インタナショナルの歴史と諸活動④現在の事業活動――の4点について、お話させて頂きます。初めに、第一点目の「私と横須賀の縁」についてお話いたします。 私の父は、戦前、海軍航空隊に所属しておりました。その関係で、私は、千葉県の木更津市にありました海軍航空隊の官舎で生まれました。終戦2か月前の1945年6月15日です。終戦後、私は、父の故郷である宮城県にいったん戻りましたが、縁故関係を頼りに神奈川県に転居してきました。1954年、両親が創価学会に入会し、私も自然と会員の一員となりました。今年で入会62年を迎えます。横須賀に居住するきっかけは、母親の実家が横須賀市の追浜東町にあったからです。1961年に北村商会さんのある田浦町6丁目に移り住みました。横須賀は、父親が所属していた大日本帝国海軍航空隊の発祥の地であるとともに、母親の実家もあったという不可思議な縁のある土地です。20160401.jpgそんな私が創価学会の職員となったのは昭和44年、23歳の時です。その後、創価学会本部のある東京・信濃町での勤務を経て、32歳の時には創価学会横須賀文化会館の事務長として赴任しました。その後、昭和50年代から60年代初めまで約8年間、横須賀・森崎の会館で勤務し、公私ともに横須賀で生活を送っておりました。その後、仕事の拠点は横浜へと移り、定年まで創価学会東海道広報局長と聖教新聞の東海道業務局長を務めておりましたが、そんな時代に平坂書房の小林社長とは、取引先としてお付き合いをさせて頂くこととなり、今日まで横須賀との繋がりは途切れることなく続いております。このように、横須賀は私の両親と深い関係のある土地であるだけでなく、私自身も青年・壮年・そして現在に至るまで切っても切り離せない縁のある、「故郷」と呼べる場所となっています。第二点目のテーマである「ロータリークラブで今学んでいること」についてお話させて頂きます。横須賀と私の間は先ほど述べましたような不思議な縁があるわけですが、ロータークラブでは様々な方との「新たな縁の誕生」と「古き縁との再会」という2つの「縁」についての経験をしております。「新たな縁の誕生」では、去る2月1日、横須賀ロータリークラブで知り合った神奈川歯科大学鹿島理事長のお招きで、神奈川歯科大学資料館の「人体標本と大学100年史」を見学することができました。そこでは、資料館職員の方のご案内を頂きながら、「人体の標本」を拝見しました。胎児や成人、年配者など様々な、元々は生きておられた人が、後世へ貢献するための「標本」となり眠っていたのです。私はそこで神奈川歯科大学の建学の精神である「生命に対する畏敬の念」を深く感じるとともに、人類の遺産とも言える「標本」を後世へ残そうとされている、資料館館長でもある鹿島理事長の思いに深く感動しました。横須賀ロータリークラブに参加させて頂かなければ、このような「新たな縁の誕生」もなかったことですので、ロータリークラブの「縁」、そして「友好・交流・学びの場」としての側面の素晴らしさを感じているところであります。神奈川歯科大学を訪問した夜には、ロータリーの五番テーブルミーティングに参加しました。新倉さんや五十嵐さんにご縁のある、横須賀中央の「三喜松」で行われたこの会では、皆様と美味しい料理に舌鼓を打ちながら、楽しく充実したひと時を過ごすことができました。3月28日には学生時代にもよく通った中央の「お太幸」で加藤会長にご出席頂き開かれた明治安田生命の竹田会員の送別会に参加し、日ごろロータリー影の主役を務められている先輩方との交流を深めることができたと考えております。このように、横須賀ロータリークラブに参加させて頂きましたおかげで「新たな縁」に恵まれ、少しずつ人間関係と学びの機会を広げることが出来てきております。さて、横須賀ロータリークラブはもとより、横須賀以外のロータリークラブの定例会にも小澤さんのご紹介で参加をさせて頂いております。ここでは、初めに申しました「古き縁との再会」がありましたが、その話の前に小澤さんと私の縁について少しお話しいたします。私をロータリークラブにご紹介くださった小澤さんとは、20年来のご縁で、私が創価学会の職員在籍時代、そして退職し、創価学会の関連施設を一括管理する会社に移行してからも、また、創価学会とは全く関係のない現在の会社に籍を置いてからも、様々な局面でご指導を頂いております。つい最近も、私が防衛大学校の卒業式に出席できるようご手配下さいました。小澤さんは、防衛大学協力会の創設者であり現在では名誉会長を務めていらっしゃいます。防衛大学校の卒業式について、小澤さんは「このような式典も一度は経験しておくことも大切だと思うよ」と話されていましたが、本当に得がたい経験をさせて頂いたと思います。これは個人的な話になるのですが、軍人でもあった私の父が生前に防衛大学への入学を勧めていたのですが、私自身の努力が足りず入学することは出来ませんでした。あれから半世紀以上がたち、私が卒業したわけではないのですが、防衛大学の卒業式に参加することが出来、万感の思いがありました。観閲式では防衛大学の卒業生が操縦する航空機が3機ずつの編隊を組んで上空を飛んで行ったのですが、その編隊の姿を見て海軍航空隊に所属していた父と、その思いに応えられなかった自分の過去を思い出し、何歳になっても常に学び・前進し成長し続けることの大切さを改めて思い出すことができました。さて、横須賀ロータリークラブに入会した直後から、小澤さんは「今野さんは、横浜で仕事をしているのだから横浜ロータリークラブに行こうよ。きっと知人も多いと思うし勉強になるよ」と言われていました。去る2月23日、横浜のホテル・ニューグランドで開かれた横浜ロータリークラブの定例会に小澤さんと共に参加することが出来ました。22年ぶりに横浜ロータリークラブに参加されたという小澤さんは、古き友人の方々を私にご紹介くださいました。横浜ロータリークラブに参加し驚いたことですが、小澤さんがお話された通り、ここでは、私にとって旧知の方々との再会、初めに申しました「古き縁との再会」が多くありました。神奈川新聞社の並木社長、tvkの前社長の山崎現取締役、崎陽軒の野並社長など、以前、私が横浜で創価学会の仕事をしていた時期に知り合いました方々との再会がその代表例です。故人ですが、ホテル・ニューグランドの前社長の松崎さんとも知り合いであった関係で、隣席されたホテル・ニューグランドの濱田社長とも話が弾みました。現在、小澤さんは「今野さんは鎌倉に住んでいるので、今度は、鎌倉ロータリークラブに行きましょう」ともおっしゃり、早速、手続きを進めて下さっています。鎌倉は現在の居住地でもあるので、そこでも様々な縁を深めていければと考えています。このように、70歳を過ぎて新たに開けた社会貢献活動と友好交流そして学びの場であるロータリークラブを通して、様々な縁の不思議さや大切さ、そしてその縁を通して学び・成長を続けることの重要性を学んでいます。まだ一歩を踏み出したばかりですが、大勢の先輩諸氏を手本として学んでいきたいと思いますので、何卒、御指導のほど、宜しくお願い申し上げます。続いて、第三点目のテーマである「創価学会インタナショナルの歴史と諸活動」について話します。創価学会での活動は、私の人生そのものと言っても過言では無く、その活動が無ければ第一・第二のテーマでお話ししたような「素晴らしい人との出会い」や「縁」に恵まれることもなかったと思います。はじめに、創価学会とSGIの紹介をします。創価学会インタナショナルは、創価の「S」と学会の「G」とインタナショナルの「I」、の頭文字をとり「SGI」と呼称しています。さて、私が横須賀ロータリークラブに入会した昨年の10月2日は、私にとって意義深い日でありました。それは、今から56年前の1960年、昭和35年のこの日、池田大作創価学会第三代会長、現SGI会長が、初めて海外訪問の旅に出発した日だからです。現在SGIでは、この日を「世界平和の日」と位置づけ、世界各地で平和への諸行事が開催されるまでになりました。SGIの活動に関わる一人として、世界の平和社会創出への活動の淵源となったこの日は、忘れることはできません。昭和35年の10月2日から、池田SGI会長は当時の共産圏も含む五大陸の主要各国を訪問し、1975年1月26日には、世界51か国の創価学会の代表がグアムに集い、世界平和会議が開催されました。この席上、創価学会インタナショナル・SGIが結成され、当時の創価学会の池田会長がSGIの初代会長に就任しました。そして今日まで、世界54か国・地域を歴訪しております。SGIは、1983年に、国連経済社会理事会のNGOに登録されました。今日では、世界192の国と地域に1200万人以上のメンバーを擁する団体となり、82の各国現地法人・団体と共に、活動をしています。SGIの目標は、宗教や文化の違いを超えた世界全体の平和・幸福社会の実現ですが、そのために国連を中心とした諸活動を展開しております。そんなSGIの活動は、大きく分けて平和・人権関連の活動と、環境関連の活動の二つに分けられます。平和・人権関連の活動の代表例として、池田SGI会長による「平和提言」があります。1983年以来、毎年、SGI創立記念日の1月26日に、池田SGI会長による「平和提言」が発表されています。また、他のNGOや、国連機関との協力のもとに展開している活動も数多くあります。例えば、「核兵器——現代世界の脅威」展も他機関との協力のもと行われた活動の1つです。この展示は、国連広報局及び広島市・長崎市と協力し、1982年、ニューヨークの国連本部を皮切りに世界24カ国39都市で開催されました。見学者は世界で170万人に及び、核軍縮に向けての世界的な世論の潮流構築のための活動を進めています。ここまで、SGIの平和・人権関連の活動の例をご紹介いたしまたが、では私が実際何をやっているのかと申しますと、私が担当する東アジア圏において地元の諸団体とも協力しながら各種活動を展開しております。例えば、フィリピンを中心に活動している「ホセ・リサール協会」の協賛を得て2010年に開催した、「核兵器廃絶への挑戦と人間精神の変革展」が私の活動例の一つです。ご承知の方もおられるかもしれませんが、「ホセ・リサール協会」は、フィリピン独立の英雄であるホセ・リサールの思想を現代に伝え、文化交流を推進している団体で、世界に15の支部があります。続いて、SGIの活動の柱の二つ目、環境関連の活動についてお話ししたいと思います。SGIでは、展示会開催などを通して、草の根レベルでの環境問題に対する啓発運動に取り組んでいます。SGIと地球憲章委員会の共催として制作しました「変革の種子——地球憲章と人間の可能性」展がその例の一つです。2002年、当時の小泉純一郎首相も参加し、南アフリカのヨハネスブルグで開かれた環境・開発サミットにおいて展示されました。同展はその後内容を刷新し、現在は世界七か国語に翻訳され、27の国で展示・開催され150万人が鑑賞しました。以上、SGIの諸活動の一端をお話させていただきました。歴史と伝統あるロータリークラブより、歴史も浅く、はるかに小規模の活動ですが、今後も草の根活動も行いながら、世界の平和・幸福社会の実現に向けて活動を続け幅広く訴えることが出来たらと念願しております。最後になりましたが、四つ目のテーマである「現在の事業活動」について簡単にお話いたします。株式会社テンポアップは、事業不動産流通商社であります。現在、テンポアップは、「店舗経営・開業のプロフェッショナル」をめざし、物件を貸したい人、借りたい人の色々な悩みを解決すべく日々努力しております。横須賀発展の為、お手伝いできることがありましたら、何なりと申し付けていただければ、迅速に対応いたします。
以上、長くなりましたが、ご清聴有難うございました。
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