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<卓話>『 なぜコマ大戦か 』

<卓    話>           なぜコマ大戦か
                   神奈川県中小企業家同友会・政策委員長  緑 川 賢 司 様
3144.jpg今日はコマ大戦というタイトルでお話する機会を頂きました。直径2センチしかないコマです。これで土俵の上で戦う、これがコマ大戦なんですね。このコマ、日本の町工場が作っています。実際これ、回してしばらくすると、ぴたっと止まるんですね。これは、精度がいいから、日本の職人がこの精度を出す技術を持っているからこんな素晴らしいコマができるんですけど、このこまを持ちより、喧嘩ゴマで一対一で戦って、日本一を決めようというのが、この全日本製造業コマ大戦になるわけです。今写真が出ているんですけれども、近くで見ていただけると本当に一個一個が芸術品のように美しい、本当に職人が魂を込めて作ったコマでございます。全国各所の腕自慢がこの直径2センチに自社のプライドとか、職人の意地をかけて戦います。大の大人でさえ勝てば喜び、負けては悔しい、優勝すれば涙をする、そんな大会になっています。そして最大の屈辱は、負けたら没収です。どれだけいい材料を使おうが、どれだけ手間暇かけて作ろうが、負けたら没収。その日のチャンピオンがすべてのコマを総取りするという非情なルールになっています。はい、で、そんな町工場ですけど、今日は製造業の方はあまりいらっしゃらないと思うんのですが、町工場のイメージってどうでしょう。昔3Kと言われていました。やはり今でもきついとか汚いとか危険とか、あともう一つ経営が不安定というようなイメージもあると思います。実は僕も14年前にリストラされました。20歳から35歳まで町工場に勤めていましたが、廃業してしまって全員がリストラに遭いました。来月から給料がなくなるということで、どうしようかと、さんざん考えました。再就職をしようか、いっそのこと起業してしまうおうか、と考えていたんですけれども、その時に一緒にリストラされた仲間に聞きました。『もし僕が会社を起こしたら一緒にやってくれるか?』そしたら、『いいですよ。』『でもいつ給料が払えるかわかんねぇ。それでもいいか。』『いいですよ。』さらには、『君たちからお金を借りなければならない。それでもいいか。』『んーいいですよ。』と言ってくれたんですね。あと同時期に地域の先輩経営者にも相談にいきました。その地域のリーダー的存在です。うちの会社は金沢産業団地、横浜市金沢区産業団地というんですけれども、リーダーはこう言いました。『うちにくるか?給料50万でいいか?』『50万くれるんですか?』いっちゃおうかなって思ったんですけれども、同時にそのリーダーはこうも言いました。『もし君を雇ったとしたら若い芽を摘むことになるかもな。』僕にはこう聞こえたんですね。もし、お前を雇ってしまったらお前は一生おれの下だと。むしろお前は起業して頑張れば、今のおれと同じステージに上がれるんだ。それを待っているって聞こえちゃったんですね。これを麗しき勘違いっていうんですけど、まぁそんなことで会社を作ろうって決意しました。しかし町工場が存続するにはいろいろな課題があります。幸いうちの会社は14年、これまで若干ですけど右肩上がりに成長はしてきていますが、これから10年20年30年と考えた時に、うちの会社だけが存続するというのはやはりありえないと、地域とか業界、もっといえば日本がちゃんと成長しなければうちの会社はなくなってしまうだろうという風に考えるようになりました。そこで現れたのがこのコマ大戦なんですね。
コマ大戦は4年前に始まりました。最初は21チームの参加でした。でもそれがその日のうちにNHKのニュースになり、全国各地から問い合わせが殺到して、これはえらいことになるということで、第2回目をやるときには日本を7ブロックに分け、予選会で優勝・準優勝のチームを決勝に招こうということをしました。そして2015年には3回目の大きな大会、世界コマ大戦を行うことができました。今コマ大戦は大きな大会から小さな大会までありまして、一番トップの大会のことをG1と呼んでいます。そのG1を目指すための予選会をG2、エキシビション的なその日のだけのお祭りをG3とか、特別場所と呼んでいます。大小含めると、年間約50場所やっています。コマ大戦は相撲にちなんでいるところが結構多くて、土俵を使ったり、軍配・行事を使ったり、一つの大会のことを場所と呼んでいます。50場所あるということは、ほぼ毎週どこかでコマ対戦が行われているというところまで来ております。で、その世界コマ大戦ですが、日本を含め7か国がやってきました。日本と、韓国、タイ、インドネシア、ベトナム、アメリカ、あとおもしろいところだとボリビアがやってきました。その時の様子がこの写真です。一日だけの大会でしたが、来場者はお客さんが6000人。後ろに並んでいるのが全部マスコミで、40社が集まってくれる大会になりました。そのコマ大戦について二つほどエピソードをお話ししたいと思います。この世界コマ大戦を開催するのに約1800万円かかるという見積りが出ました。我々にとってはそんな大金あるわけない、大変だということでなんとか頑張ったのですが、開催間近になってまだ1000万足りない状態でした。僕に『会長いったいどうするんだ』と話がやってきます。その時に僕が言えたのは、僕にはお金がない、あるのは見ての通り会社だけだと。もしこの大会ができないのであれば、会社を売ってでも開催運営費にすると言ったんですね。同時期に九州の熊本でコマ大戦がありまして、そこに出張した時に熊本の実行委員長が僕を神社に連れて行ってくれました。金運アップの神社です。そこでお賽銭を投げ入れ、絵馬に世界コマ大戦が成功しますようにと書いて祈願したところ、なんとそこからみるみるお金が集まり始め、開催間近では少し黒字まできたんですね。この神社、熊本にあるんですけど、知りたいでしょ?でも今日はその話はしないです。その時に思ったのはこうなんですよ。人事を尽くして天命を待つ。まさにコマ大戦をやるため、世界コマ大戦をやるために、会社を売る覚悟までした。もうありとあらゆること、思いつくことはすべてやるということをやりつくした。そこで、最後は天命、天に祈るしかないというような心境でした。この言葉をこういう風に考えるようになりました。人事を尽くして天命を奪い取ると。もうこれぐらいじゃないと新しいことを起こすのはできないんじゃないかと。今まで常識といわれているものに逆らうというか新しいことを起こすにはこれくらいの覚悟がないとだめじゃないかと思いました。この熊本で僕を神社に連れて行ってくれた彼が、残念な話、去年の年末に亡くなってしまいました。いい奴だったんですけど、まだ50歳でした。コマ大戦をやっている最中はコマ大戦に参加することを家族はあまりよく思ってくれていませんでした。しかし葬儀のときに彼が各地のコマ大戦で優勝したトロフィーなどを並べて置いてくれたり、彼が熊本でテレビ取材を受けた時の映像も葬式の会場で流してくれたということで、最後はその奥さんもお父さんのやっていたことを理解してくれたんじゃないかなぁと思いました。
もう一つのエピソードです。世界コマ大戦は各国で行いましたが、先ほど少しお話したボリビアのことですが、そのボリビアという国は南米最貧国と呼ばれています。その最貧国から予選会で勝ち上がった17歳と27歳の青年が日本にくるということになったんですけれども、その二人がこう言ってきました。僕たちが作ったコマを日本に送るから代わりに誰かが回してしてください。そりゃそうです。お金ないんです。来れないんです。僕たちが一生懸命作ったコマを誰かにゆだねるからこれで世界戦を戦ってくださいって言ってきたんですね。そんな話をある懇親会で話したところ、一人のおばちゃんが立ち上がりました。『緑川さんその二人を日本に呼ぼう!私がお金を集めるから!』まぁ、なんともおせっかいでしょ。ボリビアから日本に呼ぶまで一人30万円かかります。飛行機も直行便はありません。何度も乗り換えなければならない。その青年たちの親でさえ、国外に行ったことないんです。もし日本に行って帰ってこなかったらどうしよう。心配で心配でしょうがない。ボリビア政府にもいっぱい召喚状かかなければならない。そんなおせっかいなこと言いやがってと思ったんですけども、なんとそのおばちゃんやってくれちゃいました。90万を集めて、
その90万でチケットを買い、ボリビアに送って、その二人を呼ぶことができました。で、そのボリビアですけどね、実は僕にとってかなり特別な場所なんです。それはある革命家がいました。キューバ革命を起こした人です。彼がキューバで革命を起こした後、自分は政治家にはならず、生涯の職業は革命家であると言ってキューバを飛び出すんですね。世界中の搾取されている弱い国を助けるのがおれの仕事だと言って助けに行きます。僕の憧れの人です。で、この方が1967年39歳の時に命を落としてしまうのが、ボリビアだったんですね。で、そのボリビアからメールが来ました。ボリビアでコマ大戦をやりたいと。コマ大戦を使ってボリビアの工業を発展させたいというメールが来たんです。僕はこの人からのメールかと勘違いして、麗しき勘違い二つ目です、さっそくボリビアにコマと土俵をおくりました。それを見本にしてコマを作ってもらい、ボリビア大会をやっていただき、チャンピオンが決まりました。そのボリビアの土俵には日本語とスペイン語でボリビアの諸君日本で待っているというメッセージとあと日本の国旗、ボリビアの国旗を印刷して渡しました。そこで、この写真です。ボリビア大会のチャンピオン、真ん中僕ですよ。両端が17歳27歳の青年ですけど、呼ぶことができました。彼が来たときにこんなおみやげを持ってきてくれたんですね。手に持っているのが盾です。ボリビアの工業会から持ってきてくれたということですけど、スペイン語なんでなんて書いてあるのと聞いたら、「あなたはボリビアの工業と日本の工業を結び付けた偉い人だ」って書いてあるらしいです。あとニット帽とひざ丈のセーターですが、これ民族衣装のようですが、これ17歳の少年が少ないお小遣いで買ってきてくれたんだと思います。これはどんな服なんだいと聞いたら、これはボリビアの大統領が着る服だと言っていました。そんな服もらっていいのか、そんな服着ていいのかって聞いたら、いいんだ、あなたはプレジデントだからと言ってくれました。ある意味、さっきの革命家が志したもののほんの一部ですけど、コマを使って僕がその手伝いをできたんじゃないかなと思っているのですけど言い過ぎですかね。(拍手) 大丈夫ですか。そんなボリビアをはじめとする世界各種の世界コマ大戦に参加して、日本の職人に出会った若き世界の職人たちがたぶん自国にかえって自国の工業をどんどん発展させていくでしょう。10年20年30年たったときに、その成功はなんで出来たかと聞かれたときに、いや実は昔日本に行ったときにコマ大戦に参加したからなんだ、なんて言ってくれれば僕は最高かなと思います。自分を信じて、仲間を信じて、そして連鎖を信じる。すると国も、言葉も、時代さえも超えて、その思いが誰かに伝わり、達成すると思っています。これがコマ大戦が起こした奇跡です。
このように全国各地で今、コマ大戦が始まってます。コマ大戦協会になって、最近、協会がNPO法人になりました。ちょっとこれ宣伝で申し訳ないんですけれども、このNPO法人の賛助会員を募集しています。もしコマ大戦に興味を持ったという方がいたら、そこで申込書を手にして頂ければと思います。それと今日実際にB to Cで売っているコマ、町工場で売っているコマをもってきていますので、もし興味があったら前の方にきて手に取っていただけたらなぁと思います。非常に駆け足でお話ししてきて、製造業界、我々町工場下請けでも小っちゃい奴らが集まっただけで4年で世界をとれるんだというようなことを皆さんにお伝えしたかったというようなお話でした。以上緑川でした。ありがとうございました。
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