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西村京子 会員
2015110602.png 7月に山先生のご紹介で入会させて頂きました西村京子と申します。
 最初に山先生にご紹介を頂いたとき私の趣味は「ハイキング(古道歩き)、ダイビング、ワインを少々」とご紹介頂きました。実はもう一つ、最大の趣味は「仕事」です。その仕事の中でも「看取り」をもっとも得意とします。
 びっくりしますよね。普通のお医者さんは、「専門は循環器です、とか消化器です、皮膚科です、耳鼻科です」と言うのが普通ですが、私の得意技「看取り」― いかに苦しまずあの世に渡るかを見守ること -
2012年10月横須賀市秋谷に『秋谷潮かぜ診療所』を開業し、早いもので3年経ちました。午前中は外来診療で子供からご高齢の方まで通常の外来診察し、午後は訪問診療です。訪問のエリアは横須賀の北西部と葉山全域と逗子の一部です。
 訪問診療といってもまだなじみが薄いかもしれません。当院では、ご高齢で通院困難の方、癌末期で在宅ホスピスケアが必要な方、障がいのある子供さんなど自宅や老人ホームやグループホームなどで生活されている方のところに直接訪問して診療します。常に数名の末期状態の患者さんを抱え、24時間365日対応でいつ何時も患者さんから電話がかかってくるかもしれない、緊急呼び出しのある仕事ですので、皆様、どれだけキツい仕事かと思われるかもしれません。ところがこれはとてもとても『面白い』奇跡を実体験できる、私にとってはとても『楽しい』仕事なのです。
 2年前のことです。私の患者さんに100歳の正治さんと99歳のちゑ子さんがいました。私は診察のたびに、『お二人揃って3桁になりましょう』と診療を締めくくっていました。
ある日、100歳の正治さんが体調を崩し、上の血圧が80mmHgまで下がり、呼吸も苦しそうになりました。本人も、もう死ぬ気満万で家族に「ありがとう、世話になったな」などと言い始めました。家族もしくしく泣いて丁度ドラマの人が死ぬシーンそのもののような雰囲気でした。しかし、私はどうも今ひとつ正治さんが死んでしまうのがしっくりいかず、どうしても聞いてみたかったことをこっそり正治さんに聞いてみました。「ねえ、正治さん。お迎え来てますか??」すると正治さんは「時間の問題だ!」とちょっとご立腹のご様子。そこで私が家族に向かって「皆さーん、お迎え来てないみたいでーす!」と暴露してしまいました。正治さんは大変ご立腹なさいましたが...死ぬタイミングを逃してしまったのか、その後、正治さんはメキメキと持ち直し、また貴重な日常生活に戻りました。
 それから半年後の8月末、正治さんは軽度の肺炎から大きく体調を崩し、床につきました。折しもあと2週間で9月1日、妻のちゑ子さんが100歳を迎えるというそんな矢先でした。血圧は40mmHgまで低下し、数時間命が持つかどうかの危篤状態に「ご家族お集まり下さい」と伝えました。もうそのときは正治さんはお話しすることはできなかったのですけれども、もし尋ねることができたとしたら「お迎えは来ていた」のではないかと思います。
 しかし、そこから奇跡が起ります。血圧は40から80の低空飛行、2週間、正治さんの心臓は時を刻みました。9月1日のちゑ子さんの100歳の誕生日、『2人で揃って3桁』になって、家族で小さなお祝いの後、正治さんは静かに息を引き取りました。101歳の男の生き様、きっとお迎えは来ていたけれど2週間待たせに待たせ、妻と3桁になって旅立ちました。本当にかっこいいお方だなと思い心から尊敬しております。
 それから1年後の、先日9月1日にちゑ子さんは101歳になりました。これはそのときのお写真です。私はこれは世界最高のツーショットだと思うのですね。ここに正治さんが座っていらっしゃいます。2人は『同い年、101歳』になりました。
 こんな命の奇跡を毎日毎日みているのが私の仕事です。私の仕事は「あの世とこの世をむすぶこと、命の奇跡を観察すること」です。2012年10月横須賀秋谷に開業して約3年、この間に約150名の方を自宅で看取りました。そのお一人お一人がわたしにとって大切な思い出であり魂の財産です。
<第3131回 新会員卓話>
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