活動報告

<卓話>60歳からの挑戦、自分で酒屋を始めました

<卓    話>    「 60歳からの挑戦、自分で酒屋を始めました」
~ 若い人に日本酒を飲む文化を継承したい ~
                SAKE芯 代表取締役 松 尾 伸 二 様
 横須賀の深田台で酒屋をやっていますSake芯の店主松尾と申します。タイトルにもあります通り、昨年自宅で酒屋を始めました。今日は始めた経緯から日本酒の現状についてお話したいと思います。
酒屋といっても店舗ではありません。自宅の一室を開放し、試飲できるようにしまして、そこで販売しています。酒屋を始めるに至った理由は、25年前ある日本酒を飲んで魅了されたのです。30年前はナショナルブランドのお酒がほとんどで、日本酒を美味しいと思ったことは無かったです。ところがそのお酒を飲んで、こんな美味しい日本酒があったのかと思いました。今まで飲んでいた日本酒は何だったのかと思い、それ以来日本酒に魅せられのめり込みました。当時は美味しい日本酒(大吟醸)は高かったので仲間を集って日本酒を共同購入して飲みたいという理由で、日本各地に日本酒の会が誕生しました。私と仲間が立ち上げたのもそう云った会でした。平成元年に始めて、以後毎年5回ほど行いながら、23年目を迎えています。そしていつか日本酒に携わる仕事がしたいと思うようになりました。一昨年、早期退職し酒販免許を取得し昨年1月から自宅で酒屋を開業しました。試飲室と駐車場に設置した冷凍庫だけで開業した、住宅街の中にある隠れ家的な小さな酒屋の誕生です。 店舗コンセプトは全品試飲可能なサロン的対面販売をしている新業態の酒屋です。蔵元直送の厳選したお酒が全て試飲できます。なぜ試飲にこだわるかというと、30年近く飲んできて、酒屋さんに勧められて買ったけど、美味しくなかったという経験を何度もしました。そこで、買う前に試飲できたらどんなに良いだろうと思っていたのです。酒屋をやるからには、お客さんに試飲してもらい納得して買って頂きたいとの思いを具現化したのがこの販売方法です。当店では商品一覧をお見せしながら、どんな日本酒か、蔵がどこにあるか、どんな方が造っているか、お米は何を使っているか、酵母は何かなどをお話ししながら、試飲していただいて、お客さんの舌に叶った日本酒を、冷凍庫から取り出してきて売っています。日本酒はいつの間にかスーパー的な発想でお客様に説明もしないで、お客様の判断任せで買ってもらう形態になってしまったのです。商品の説明をきちんとして売るべきだと思います。地酒は個人の趣向が強く働く商品だと思います。趣向の強い商品ほど対面販売すべきだと思っています。
 今の若い人は日本酒が苦手です。昔ながらの日本酒が飲めないのです。当店にはこのような若い方が見えます。そこで試飲して頂くと、美味しいですねと言って買ってくださいます。日本酒臭くなくて、果物のように甘酸っぱく、柑橘類のような酸味があり、これって日本酒?と思えるような日本酒を取り揃えています。又、一升二千円台のお酒が主力で、この価格帯で充分美味しいですから、高いお酒を買うことはありません。安くて美味しい、日本酒臭くない「いまどきの日本酒」を揃えています。
 仕入れる前に必ず試飲して、美味しいと感動したお酒だけを仕入れています。必ずサンプルを取り寄せ飲んでみます。飲んで美味しいと思ったお酒だけを仕入れています。私が感動したお酒でなければ、お客様に美味しいですよと勧められないと考えています。酒屋さんはサンプルを飲まないで仕入れているのがほとんどであり、蔵元でもサンプルを出すのを嫌がる蔵元さんがあります。このような場合でも私はサンプルを買っています。食品のバイヤーなら事前に味見しないで仕入れることなどあり得ないのですが、日本酒の業界では未だにそんな状況です。全品試飲できるので、不味いお酒は売れないのです。ですから一定レベルのお酒しか仕入れないのです。理想とするところは「どのお酒も美味しいですね、今日はこのお酒ください」と言われるようにしたいと思っています。開店して2~3ヶ月は知り合いが買いに来てくれましたが、4ヶ月目以降まったくお客さんが途切れてしまいまして、これでは潰れてしまうと思い、このまま何もしないで閉店を待つよりも、とにかく方策を考えて対処しようと思いました。3つの対処法を考えました。まずはSake芯を知ってもらう、次にネット販売の強化、そして飲食店への営業を実行しました。それまで宣伝は何もしていなかったので、タウン誌にダメもとで自宅で酒屋をやっているめずらしい酒屋ですと売り込みをしましたら、幸いにも取材に来ていただきまして、記事にしていただきました。それからボツボツと記事を見たといって来店されるお客様が増えてきました。飲食店へはアポなしで試飲用のお酒を何本か担いで、日本酒に理解のありそうな居酒屋さんや飲食店さんへ営業に行きました。品質には自信を持っていましたので、飲んでいただければお酒の素晴しさが分かって頂けると思ったのです。でもそう簡単にはいきませんで、今まで60軒営業に行きまして、お取引させていただいているのは数軒ですが、それでも徐々に増えてきました。ネット販売ではホームページへ訪れる人が少ないため、外部のホームページからリンクで当店のホームページへ来てもらうよう、徹底して店舗登録をしました。無料で載せてくれるサイトが沢山ありますので、それらのサイトに登録しまくったのです。この効果で徐々に訪れる方が増えまして、現在では、ヤフーとグーグルで日本酒通販で検索しますと21位になっています。最高で17位でこれは全国で14万5千軒ある酒類販売業者の中でのこの順位ですから自分でも驚いています。これによりまして少しですがネットからの注文も増えてまいりました。ネットの商売は商工会議所に本当に親身になって相談に乗っていただき、専門の方にも相談に乗っていただき、ホームページを改良したり、商工会議所主催のツイッターの講習を受けてツイッターを始めました。効果は大きく全国の方から当店に対し興味を持って頂き、来店されたり、ネットから購入いただいたり、口コミで流していただいたりツイッターの効果は大変大きなものでした。ネットの世界は正にグローバルで、地球の裏側から当店にアクセスして頂き、実際にアイルランドから帰国したら横須賀に住みたいという方が来店されました。当店から500mくらいの所に住んでいると聞きびっくりしました。売上高に占める割合は来店客への販売が55%、飲食店30%、ネット販売が15%です。
 次に日本酒には飲み方のコツがあることをお話したいと思います。そんなバカなと思われるでしょうが、器の材質により味が変わります。陶器は味それぞれをクッキリと現します。ガラスはスッキリとした味になります。漆器はスモークがかかったような味になります。又、飲み方により味が変わります。直ぐ飲み込むのと、口の中でクチュクチュして飲み込むのとでは味が変わります。味蕾の分布が舌ばかりでなく、上顎や喉の方まで分布しているからです。直ぐ飲み込んでしまうと、スッキリとした味になり、舌で攪拌するように味蕾に十分味あわせてやると甘味などが出てきて味わい豊かになります。スッキリした味が好みならガラスのぐい呑みで直ぐに飲み込み、ボリュームのある味が好みなら、陶器のぐい呑みで攪拌して飲めば良いのです。それでは、日本酒の現状についてお話したいと思います。酒類の販売数量を平成元年と平成21年で比較してみますと、清酒の場合は135万klから62万klに減少しており、製造業者数は2216社(大企業含む、平成6年)から1585社と約630の製造業者が潰れています。なぜ日本酒が飲まれなくなったか、原因の一つはワインと焼酎が伸びたことです。又、若い方がお酒全般を飲まなくなってきて、日本酒離れを起こしていることも原因の一つです。私どもの若いころに比べると今は娯楽が増えています。昔は仲間とお酒を飲むことが娯楽だった時代です。今やゲームやパソコン、携帯などを行う時間が増えお酒を飲まなくても楽しめるようになっています。そして、若者の日本酒離れについて学習院大学の調査によると、若者の日本酒に対するイメージは「オヤジくさい」「コップ酒」「悪酔い」といったネガティブなイメージがあるそうです。
先ほども申しましたように、日本酒臭い日本酒が嫌いで飲めない。このような原因から日本酒が飲まれなくなっています。それでは現在の日本酒の味と現状について見てみます。現在私たちは歴史の中でもっとも美味しい日本酒を飲んでいます。新しい酒造好適米や酵母の開発、酒造技術の向上により、発泡性のある日本酒や、果物のような味を持った日本酒など様々なタイプの日本酒が登場しています。今の日本酒は日本酒臭さやアルコール感は無く、果物のような味わいや柑橘類のような酸味を持った、日本酒と思えないものが造られており、当店で扱っているのもそのような味の日本酒です。これらと旧来の日本酒を一緒くたにして日本酒と呼ぶのは消費者が混乱する基になっており、私は名称を分けるべきだと思います。このように美味しい日本酒が造られているのに消費が下がり続けていることは、味と消費が反比例する奇妙な現象と思います。国内の消費とは逆に海外での日本酒の人気は高まり、輸出は年々倍増しています。昨年の大晦日にニュージーランドからお客様が来店しました。パートナーは日本の女性でお正月に実家のある藤沢に帰って来ていて、藤沢から来てくれたのですが、日本酒しか飲まない方で、ゆくゆくはニュージーランドで日本酒の酒屋をやりたいと話していました。いくつか試飲して買って頂きました。また5月には、ロンドンのレストランで日本酒のソムリエをされている日本人の若い女性が来店されました。今海外では大変な日本酒ブームになっています。私はこのブームは大歓迎で、このブームが日本に逆輸入され日本酒が見直されて、日本酒を飲む文化が定着すれば嬉しいです。
 新感覚の日本酒はどのような人が造っているのでしょうか。我々の世代とは育った環境や文化が異なり、特に食文化がまったく異なる若い世代が造っています。異なる食文化とは、我々が子供に何を食べさせて育ててきたかを考えれば分かると思います。ハンバーグや焼肉やスパゲッティやピザなどを食べて育った若い人が自分の食文化に合う日本酒を造り始めました。一昔前の杜氏さんが造った日本酒とは明らかに違う、現代の油脂分の多い料理に合うように酸味を出して甘味でバランスをとったお酒です。蔵元の息子や娘さんが自ら造る、オーナー杜氏の出現が日本酒を変えました。オーナー杜氏は雇われ杜氏と違い、こんなお酒を造りたいと明確なビジョンを持って酒造りをしています。たとえば、滋賀県の蔵元さんのように、学生時代に初めて貴腐ワインを飲み、蜜のような甘味と重厚感、凝縮した果実味に驚き、それ以来貴腐ワインを飲み漁り、この時に受けた衝撃をいつか清酒の世界で実現させたいと貴腐ワインのような日本酒を造っています。彼は「清酒の世界観を揺るがしかねないこのお酒は決して万人受けするものではありません」と語っているとおり日本酒というカテゴリーを突き抜けた新感覚の日本酒です。
 我々日本酒の会では毎年フランス料理と日本酒の相性を楽しんできました。20年やって来て間違いなくフランス料理のフルコースを日本酒だけでまかなうことができます。現代の日本酒は様々なタイプが造られていて、料理に幅広く適応することが可能になっているのです。20年前に初めてフランス料理と日本酒を合わせてみようと観音崎ホテルにお願いしまして開催しました。当時はとんでもないことだったんですが、渋るシェフを口説いて下さったのが料飲支配人の方です。やってみると結果は大成功で日本酒とフランス料理の相性の良さに驚いたものです。これに自信を持ち以後毎年開催しています。やってみて分かったのは、日本酒は比較的どんな料理とも相性が良いが、むしろワインの方が料理を選ぶお酒だと思いました。なぜソムリエが必要とされるかを考えればお分かり頂けると思います。先日もセントラルホテルのあら井さんでフランス料理のフルコースで前菜から肉料理までを全て日本酒で合わせまして、どの日本酒も大変素晴しい相性でした。是非様々な料理と日本酒を合わせてみてください。きっと日本酒のイメージが変わると思います。
 日本酒は30年前に吟醸酒が出現していなかったら、とうの昔に消えていました。吟醸酒が出現し今まで飲んでいた三蔵酒と比べ、あまりの美味さにわれわれ世代が日本酒にはまり、全国各地に日本酒の会が立ち上がり日本酒を支えてきました。我々の世代が支えてきた日本酒をどうしても次世代に伝えたい、このままでは日本酒は消えてしまうと思います。国酒である日本酒を消すわけにはいかないと考えます。その思いで私は酒販店を始めました。若い方に日本酒の美味しさや素晴しさを伝え、我々のやってきたことを引き継ぎたいのです。日本酒がいつか復権することを願って酒屋を始めた次第です。本日は講演をお聞きいただき有難うございます。皆さん是非新しい感覚の日本酒を飲んでみてください。きっと日本酒の素晴しさに魅了されると思います。有難うございました。
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