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<新会員卓話> 小 林 弘 明 会 員

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20140404.jpg皆さんこんにちは。本日、卓話を担当させて頂きます、小林弘明でございます。世間一般におきましては「新年度入り」という大事な時期に、また、ロータリークラブにおきましても、第一例会という貴重なお時間を頂戴して卓話をさせて頂きます事を、大変光栄に思っております。

早いもので、横須賀ロータリークラブに入会させて頂いてから、この4月でちょうど1年になります。1年間振り返りまして、ロータリアンとして「皆様のためになった」かどうか、些か疑問ではございますが、地域経済発展のため、今後も一生懸命取り組んで参りますので、どうぞ宜しくお願いいたします。卓話でございますけれども、「何を話そうかな」と色々悩みました。最初は証券マンらしく株式のお話でもさせて頂こうかなあと思っていましたが、岡田幹事から「歴代の野村證券の支店長が株の卓話をすると、株が暴落するんだよなぁ」と言われまして、これは却下いたしました。結果、より一層、皆様方にお近づきになれますようにということで「簡単な自己紹介」とさせて頂きます。

私は、昭和40年12月2日に、福井県福井市にて、3人兄弟の末っ子として生まれました。皆様、福井県はあまりなじみが無いと思いますので、福井県の事を少し紹介しておきますと、場所は皆様、ご存知ですか?時たま、福島県と間違われる方がいらっしゃいますけど・・福井県は日本海側のちょうど中間点、北陸地方にございまして、「京都の隣」と覚えて頂くと位置関係が分かりやすいと思います。新幹線を乗り継いで、新横浜駅からだいたい3時間20分程度で着きますかね。福井県の人口は約80万人でして、横須賀市の約2倍の人口で、横須賀市が2つあると思って頂ければ結構です。私が高校生の時と人口はほとんど変っておりません。主な産業は、繊維、農業、水産業、後はめがねですかね。食べ物はおいしゅうございます。有名なのは「越前かに」「越前おろしそば」後は、お水、お米、お酒がおいしゅうございます。お酒で有名なのが、「仁左衛門」「石田屋」「黒龍」ですかね。黒龍の「しずく」というブランドは皇太子ご用達のブランドです。また因みに、お米の「こしひかり」というブランドは、福井の農林水産試験場が開発した品種でございまして、当事、福井の農家の人々は見向きもしなかったのが、新潟の農家の方々が取り入れてくださって、今や「こしひかり」といえば「新潟」となっております。あと特筆すべきは、仏教の総本山が2つございまして、浄土真宗の「吉崎御坊」と曹洞宗の「永平寺」がございます。また、福井県はなんと「住みやすい町No.1」にも選ばれています。でもまあこれはどうなんでしょうか?私、生まれてから18年間福井におりましたけれども・・ちょっと首をかしげます。もし福井へお越しの際は、すみません、ご案内は出来かねますけれども、情報等はお教えしますので、何なりとお聞きくださればと思います。

さて、自己紹介に戻りますが、私の子供時代は、非常にやんちゃでございまして、両親には大変迷惑を掛けたと思います。小学校低学年の時でしたか、その頃は、テレビゲームなんてありませんので、山へ行っては、カブトムシを捕まえ、田んぼに行っては、ザリガニを捕まえて遊んでいました。ある時、バケツ一杯にザリガニを持って帰った時には、母親の悲鳴とともに、ひっぱたかれそうになった記憶がございます。

比較的子供の時からスポーツ好きの活発な方でして、小学校4年生の時から地域のソフトボール倶楽部に所属しておりました。エースで4番だったらかっこよかったんでしょうけど、7番、ファーストでした。中学、高校はと申しますと、これまた、勉強もせずに、バスケットボールに没頭しておりました。「身長が伸びたのもそのせいだと思っております。高校時代に部活ばっかりで勉強しなかったツケが参りまして、現役時代は、大学受験に全て失敗しまして、卒業後、二年がかりで大学受験に励みまして、やっとこさで中央大学法学部に入学いたしました。その当事、将来弁護士になりたくてですね、大学時代だけはスポーツではなく、勉強しようと心に誓ってはいたんですけども、入学式当日にその夢は、はかなく消えていきました。

皆様ご存知の通り、入学式は、色んなサークル、体育会の方々が、新人勧誘を行うわけですが、このガタイでございますので、色んな体育会系の方々がお声かけしてくださるんですね。けれども、すべて断ってきたんですが、アメフトだけは何か、かっこよさを感じて、惹かれてしまったんですね。肩パットとか入っていて、何かかっこよくみえるんですよね。また、勧誘の人のセールストークが絶妙でして、耳元でささやくんですね、女の子にもてるよ。まあ、その一言で入部する事になりました。また、誤算だったのが、ファッションで入りましたので、当然サークルだと思っていたんですが、これがまた、バリバリの体育会でございまして、結局毎日、練習に明け暮れておりました。まあなんやかんやで意外と熱中してしまいまして、4年生の時には副将を務めておりました。

今、中央大学アメフト部、後輩たちが頑張ってくれておりまして、関東大学学生リーグというのがあるんですが、上から1部、2部、3部、4部リーグとございまして、現在約25年間、脱落する事なく1部リーグ定着しております。学生No.1を決める甲子園ボールを目指して頑張ってくれております。

平成2年、1990年に野村證券に入社いたしました。生え抜きは「京都」から始まりまして、野村證券、全国に150店舗ございますが、なぜか、地方には勤務しておりませんで、東は東京まで、西は大阪まででございまして、関東と関西を行ったりきたりでございます。入社24年になりますが、横須賀支店で 10店目になります。私の場合、1店平均、2年半と転勤のサイクルが早うございまして、上の娘が小学校4つ、下の坊主が小学校3つと転勤を繰り返しておりましたので、家族には大変負担をかけているなあと思っております。

ただ、転勤族ともうしましても、色んな地域の方々と出会い、ふれあう事はなかなか経験できる事ではございませんし、またそれぞれの地域に貢献していくという喜びも感じる事ができますので、そういった経験が出来るという点では、この会社に入社できて良かったと思っております。

生え抜きの京都時代のお話をさせて頂きますと、赴任当時、まず京都駅に降り立ちまして、京都で一番高い京都タワーに登りまして、京都をまず一望して「これが京都の町か、さあ仕事一筋、仕事頑張るぞ」と意気込んだのを覚えています。ただ、その頃、野村證券で不穏な動きがございまして、なんと、野村證券にアメリカンフットボール部が出来まして、「まさか」と思ったんですが、もう、名前があがってました。強制的に参加を余儀なくされまして、毎週土曜日に京都から、千葉の八千代台まで練習に通っていたのを思い出します。3年間通いましたが、もう今では廃部になっております。

京都という街のご紹介ですが、非常に不思議な町でして、文字通り、「古都、京都」なんですが、西陣織、清水焼など伝統産業が生きづいている半面、世界を代表するハイテク企業もある街なんですね。有名な所で言えば、京セラ、任天堂、村田製作所、ローム、オムロン、島津製作所、日本電産、堀場製作所などです。また、区によって産業が分かれており、上から上京区(上の京と書きます)が西陣織などの製造、中京区が卸し、京都駅周辺の下京区が小売、そして、京都駅をはさんで南区がハイテク産業、そしてその南の伏見区が伏見の酒、そして一番南の宇治が「宇治のお茶」で有名でございます。このように、区、町によって産業

が違ってくるめずらしい土地柄でございました。

支店長は横須賀支店で3店目になります。1店目は、今から8年前、愛知県の豊田でトヨタ自動車のお膝元でありますが豊田支店長を3年間務めておりました。この時初めて、ロータリークラブに入会させて頂きまして、第2760地区、豊田西ロータリークラブに所属しておりました。当事、会員総数101名で、豊田では一番大きいロータリークラブでして、なぜかここでもロータリーの野球部に所属しておりました。月、2~3回、ナイターで練習していた思い出がございます。後、豊田西ロータリーでの思い出と申しますか、失敗談としましては、入会して2ヶ月で卓話を仰せつかった訳ですが、卓話の冒頭、「豊田にも慣れてきまして、多少、名古屋弁も上達しました」と申し上げたところ、すかさず「支店長、名古屋弁じゃにゃーで、ここは三河弁だで」とご指摘を受けました。無知な私には、どこがどう発音が違うのか、まだ理解できなかったのですが、同じ愛知県でも、尾張と三河という、よそ者の私には分からない微妙な関係があるのかなと、奥が深い地域だなあと感じた次第です。

それから、今から5年前に大阪のなんば支店長に就任いたしました。少し話は脱線しますが、なんば支店は当事、従業員130名の大阪でも拠点でございまして、普段であれば、「でかい店の支店長だね、よかったね」とか、周りの人間も喜んでくれるはずなのに、あまり喜んでくれないんですね。不思議だったんですが、調べてみますと一つ発見しまして、当時私で25代目のなんば支店長だったんですが、歴代の支店長、ある共通の特徴があるんですね。まず、「背が高い、或いは太めなんですね。そして顔がいけていないですね。」 もう少し調べました所、なんと、支店の半径1キロ以内に、直参といわれるそちら系の組事務所が34ございました。直参って皆様ごぞんじですかね?私も赴任するまで知らなかったんですが、直参とは普通の組事務所ではないんですね、なんと申しましょうか、少々、格式の高い組事務所でございます。まあなるほどなあと、確かに、歴代の支店長が横に並んだら、どちらが本ちゃんかわからないという・・・。それが選別基準かどうか、本当の所は分かりませんが、少し、悲しい気分になったのを覚えております。

それから、本社に戻りまして、上場企業のオーナー家を担当する部署に赴任いたしました。そして、昨年4月に横須賀支店長に就任いたしまして現在に至っております。

最後に横須賀支店のご紹介をさせていただきます。横須賀支店は昨年60周年を迎えることが出来ました。ひとえに皆様のご愛顧、ご支援の賜物だと思っております。本当に有難うございます。野村證券、神奈川県に総数17店舗ございます。一番古く歴史のあるのは「横浜支店」でございますが、次に歴史が古いのが「横須賀支店」でございます。皆様のおかげをもちまして61年目を迎えております。横須賀の地域経済の発展と皆様方の繁栄ともに、地域に愛される支店作りを行ってまいります。今後とも、ご愛顧賜りますよう宜しくお願いいたします。

取り留めのない卓話でございましたが、これにて終了させていただきます。ご清聴、有難うございました。

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