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<卓話> アマゾンの森林保護活動

<卓話> アマゾンの森林保護活動
アマゾニア森林保護植林協会 会長 長 坂   優 様
アマゾンの森林保護活動皆さんこんにちは、アマゾンから来ました長坂と申します。アマゾンから来ていますが、噛みついたり、危害は加えませんのでご安心ください。本日は鈴木会長を始め役員スタッフの方々のご指導を頂き、アマゾンのお話をさせていただけるという大変な幸せに感謝しております。
私の住むアマゾンは、南米大陸にあります、南米には13カ国ありますが、そのうち10カ国と接しているのがブラジルという大国です。日本の23倍ありまして、南米大陸の半分の面積があります。そんなブラジルの半分以上、日本の13倍の面積をアマゾン川流域といいます。皆さんが想像されるアマゾンは、自然の王国、動植物の楽園、生命の宝庫といわれ、野生で野蛮な恐ろしいところを想像されると思います。日本から大宅壮一さんが行かれ、アマゾンを緑の地獄と名づけ、緑の魔境といわれるアマゾンのイメージが出来上がりました。3年住めば猿になると言われたアマゾンに、私は45年間住んでいますが、まだシッポは生えておりません。ただ、親がつけた優(まさる)という名前は、「ま」を取ると「さる」になります。25歳の時に単身で移住しました。確かに世界の野生動物の40%を見ることのできるアマゾン。皆さんが一番知っているのは、肉食の猛魚「ピラニア」だと思います。あのテレビで見る衝撃的な映像は、実は全部やらせです。ピラニアがいっぱい居るところで泳いでも何も起きません。皆さんが知っている蟻は甘いものに近づきます。しかし、アマゾンには肉食の蟻がいて、初めての人は5匹に噛まれただけで、夜には高熱が出ます。しかしながら、自然界は実にうまくできており、この蟻に噛まれ、蜂に刺され慣れている人は「蟻酸」というものが体に入り、リウマチ・神経痛になりません。アマゾンの7不思議のひとつといわれますが、アマゾンにはリウマチ・神経痛の人はいません。もっと不思議なことはアマゾンには髪の毛の薄い人はいません。赤道直下の熱帯で、強烈な直射日光から髪の毛が頭を保護する役目があります。恐ろしい動物がいないと言えば嘘になります、300ボルトの電気を出す電気うなぎや肉食のドジョウがいます。日本の野田内閣はドジョウ内閣と言われていますが、アマゾンのドジョウは肉食だということを知っていただきたいと思います。昆虫は300万種いますが、それでもアマゾンは植物のほうが勝っています。80万種類の植物が自生し、その緑の葉からできる空気は地球上に必要な空気の三分の一を作り、「地球の肺」と言われております。赤道上下を流れますジェット気流に乗り、アマゾンの緑の空気は地球上の隅々まで運ばれます。この会場の空気の三分の一はアマゾンから来ている計算になります。皆さんが三回吸ったうちの一回はアマゾンの空気です。そんな人類を守る酸素工場といわれるのがアマゾンの自慢の一つです。
もう一つ自慢できるものが、南米大陸の地図の左側、ペルーのアンデス山脈の白雪が源になり、延々流れて6,992km。世界一長い川「アマゾン川」です。1,500の支流が網の目のように張り巡らされ、その流域には山が一つもありません。さらに驚くことに、アマゾン川の河口は360キロメートルあります。新横浜から名古屋まで、もっとわかりやすくいうと東京から新潟まで、ちょうど本州の幅がアマゾン川の河口なのです。本州の幅がすっぽりと入ることを考えますと、いかに広大であるかがわかります。そんなアマゾンに戦前から日本人が移住しています。いままで世界の64カ国の人々がアマゾンに移住しましたが、さまざまな人種、宗教の人々がアマゾンの開拓開発に携わってくれましたが、白人はほとんど本国へ逃げ帰りました。タイヤを作る国際企業グッドイヤー、ピレリという世界的な大企業がゴム園を作ろうと莫大な資本と技術をアマゾンに投入しました。ところがこの企業でさえ、豊かな綠を荒廃地に変えただけで、本国へ逃げ帰っております。そんな企業が捨てた荒廃地に日本人が入植しました。一人の日本人も逃げ帰ることなくアマゾンに定着しております。私は25歳まで日本で育ちました、ところが、日本人の強さ、素晴らしさは日本で教えてもらったのではありません。アマゾンに生きる戦前の移住者を見たとき、日本人の強さ、素晴らしさ、我慢強さを教えてもらったのです。なぜ、日本人が定着したのか?白人は大きな体、鼻は高く、白い美しい肌をもち、素晴らしい人種と思われるかもしれませんが、赤道直下のアマゾンでは白人の白い肌は真っ赤に腫れ上がってしまいます。特に目の色が青色、緑色の人種はサングラスなしには目も開けられません。私を含めて黄色人種は「東洋の山猿」「イエローモンキー」と馬鹿にされてきましたが、この黄色い肌は生まれながらにして大変な特性を持っているのです。アマゾンに行った日本人が証明したように、どんな暑い過酷な自然の中でも、どんな寒い凍土地帯でも、その自然と社会環境に順応できます。しかも、私たちの黒やこげ茶色の眼は強烈な直射日光を浴びても、サングラスなしに活動できるのです。
もう一つ日本人は外人にはない素晴らしいものがあります、日本人は戦争を体験しました。こんな小さな日本が世界の大国列強を相手にあれだけ戦ったのに、負けたのです。広島、長崎に大きな傷跡を残した第二次世界大戦。日本の街のほとんどが焼け野原となり、国民の心は沈み、世界の人々はもう日本はだめだろうと、立ち直れないだろうと考えました。戦後わずか65年、日本は不死鳥のようによみがえり、これだけ豊かで、快適です。しかも平和で安全な、世界をリードする大国を作ってくれたのが、皆さんであり、皆さんのお父さん、お母さんです。堪え難きを堪え、忍び難きを忍ぶという日本人の我慢強さ、古い言葉で大和魂、武士道精神といいますが、これは外人にはないものです。勤勉で真面目、器用で正直な日本人。ただ、日本人の力だけではないんです、日本の動物たちはみんな協力して戦後の日本を作りました。日本のキリンはビールを作り、トンボが鉛筆、ブルドックがソース、ライオンが石鹸を考えた、もっとすごいのは象とタイガーが炊飯器を作りました。近年ではクロネコ、ペリカン、カンガルーが宅配便まで始めるという日本の社会。日本人という優秀な能力と才能を持った人間と日本にいる動物たち一致協力して作った、この素晴らしい私の祖国、日本を作りました。しかも日本人は、ただそこに移り住んだだけではないんです。アマゾンの名を世界に紹介する二つの特産物を生み出しているのです、その一つが、コショウという作物です。アマゾンにもともとあった植物ではないんです。映画監督大島渚さんの奥様の小山明子さんのお父さん、臼井牧之介が移民監督官として移民船でアマゾンへ航行中、移住者の一人が亡くなりシンガポールへ寄港した際に、コショウを知りました。当時黒コショウは黒いダイヤといわれており、シンガポール政府は持ち出しを禁止していました。臼井さんはアマゾンでも栽培できるのではないかと思い、20本の竹筒にコショウを隠し、アマゾンへ持って行きました。18本から出た芽が枯れ、たった2本から出た芽を加藤、斉藤という移住者が大事に育て、2年、2年で挿し木苗でそれを増やし、ブラジル人の農家にもそれを分け与え、今では世界の3大産地といわれるアマゾンのコショウ王国を作り上げております。今日は黒いダイヤをお土産に持って参りました。もう一つ、日本人がブラジルでとんでもないことをやりました。ブラジルの特産物であるコーヒーは世界市場の85%を独占していましたが、輸出する際の麻の袋は全部インドからの輸入でした。高等拓殖訓練所は今の拓殖大学ですが、学生主事をしていた辻小太郎が、ブラジルには世界最大の湿地帯があり、そこでジュート麻を育てれば袋ができると考えました。1933年に卒業生120名を連れ出し、1,000キロ上流のパリンチンスという湿地帯に入植しております。5年間、栽培と試験を続ける中、気候に会わなかったのか、40センチほどにしか育たず、長い繊維は採れず、袋はできませんでした。多くの入植者は米や果物の栽培に切り替えましたが、一人だけ、岡山県出身の尾山良太がジュート麻を蒔き続け、5年が経過したとき、自然界の突然変異により2メートルを越えてもまだ伸び続ける品種ができました。雨期と乾期の水位の高低差が10~12メートルある湿地帯、夜はランプを灯して監督し、昼は潜って添え木を縛るという苦労を重ねます。アマゾン川の水、淡水の海とも言われ、ほとんど流れていないように見えますが、大変な水量と水圧です。貴重な6本のジュート麻のうち5本が濁流に流されます。たった1本残ったそれを、34人の若者がふんどし一つで水に入りスクラム組んで昼夜守り通し、やがて花が咲き、12粒の種が取れました。それを蒔き、さらに増やし続けて、5年後、ついに輸出用の麻袋は日系人が栽培するジュート麻で作られるようになりました。そして今、アマゾンが世界の注目を集めております。今世紀地球上に残された最後で最大の大自然アマゾンの緑を守ろうという宣言が1992年の地球サミットで提唱されました。しかし、1996年の京都議定書ではアマゾンの「ア」の字も出てきませんでした。アマゾンは大変な勢いで乱伐され、約16%がすでに砂漠化しております。こうしてお話をしている間にも、1分間に29ヘクタールの勢いで自然が破壊されております。実はその責任の半分は日本にあります。政府も財団も企業も発表していませんが、地球環境白書によれば、世界に流通する木材の半分が日本で消費されていると記されています。自然は植物だけではありません、世界最大の鉄鉱石のカルジャス高山の85%は日本向けです。アマゾンアルミという高山のボーキサイトの95%が日本に輸出されております。皆さんのご家庭のアルミサッシに変わっているんです。このまま自然がなくなりますと、大変なことが起こります。必ず空気を買う時代がやってきます。私が子供の頃、飲み水を買うなどということは想像できませんでした。すでに去年からヨーロッパで始まりましたCo2取引、裏を返せば空気の売買なんです。今は空気はただですので、今のうちにたくさん吸っておいたほうがいいでしょう。今生きている人たちは大丈夫ですが、皆さんのお孫さんが孫を持つ頃になりますと、地球は大変なことになっているでしょう。そうならないためには、2つの方法があります。1つは自然林を切らない、買わない、使わないこと。日本は世界で2番目の環境優良国です、日本は国土の67%に緑が残っているんです。終戦後の日本政府がさまざまな形で植林事業を行ってきました。残念ながら経済効果を考え、スギ、ヒノキを多く植えたために花粉症やアトピー、小児喘息という病気に悩まされております。これだけ緑の多い日本ですが、まだ水源地にブナの林を作る、里山・雑木林を大事にする、中には海外の砂漠にまで出向き植林活動をしていますが、どうして日本人に自然に対する優しい心が芽生えたかといいますと、皆さんが食べるお米に関係があります。お米は稲からとれます、稲は水田で栽培する。縄文弥生の時代から水田の水は聖水といわれ山で作ってくれるから、山の木を大事にしなければいけない。全国津々浦々にある神社仏閣にある鎮守の森が残っていますが、それが日本人の心の優しさを作った源です。
 2つ目の方法は、すでに荒廃地となったところに植林して、緑を取り戻す方法です。私自身若いときにはそんな考えはありませんでした。大農場、大牧場ができると思っていきました、町から360キロメートル離れた人跡未踏の原始林の前に降ろされ、ここがあなたの土地ですといわれました。奥行きを尋ねると、奥行きは自由ですと言われました。拓けば拓くだけあなたの土地といわれ、ものすごい喜びを感じました。ところが道具は、鍬と斧しかないんです。一日がかりで一本倒すんです。30メートルの木が倒れました。アマゾンの原始林、50メートルという大木が緑のトンネルを作っているんです。一本の木を倒すごとに一つの夢は破れ、来るんじゃなかったと思いました。ところが帰れないんです。帰りの旅費がなかった。開き直りと諦めで毎日木を切ること8年間、初めてチェーンソーが手に入り、11年目にトラクター、15年目にブルドーザーという重機が入り、飛躍的に開拓面積が広がりました。一番広い農牧場を持ったときは、4,300ヘクタール、静岡県清水市と同じ面積です。これだけ拓いたからもういいだろうと思い、お袋と兄を日本から招待し、日差しの強い午後三時、小高い丘の上から自分の農場を見せました。「あの地平線からこっちの地平線まで俺の土地だ」と自慢しました。ところが母親はよくやったと褒めるわけでもなく、ただ一言
「あつい」とだけ言いました。「何でこんなに暑いんだ」横にいた兄は「優、お前は木を切りすぎだ、一本残しておけば日陰ができたのに」と言われて、はじめて気づきました。
鍬と斧の開拓は自然破壊ではないが、重機を使いどんどん開拓することは、自然の恩恵を受け、自然に生かされている百姓自身が自然破壊の当事者であると。1990年からアマゾンで植林活動をやっております。最初の頃の協会のパンフレットには「地球人一人一本の植林を」と記載されています。いま、一人一本では地球は破滅します。5本なければなりません。5本のうち1本目は自分の吸う空気のため。2本目は家屋、家具のため。3本目は生活資材、日用品のため。4本目は子供、孫のため。最後の一本は恵まれない人のため。この5本の木という漢字を組み合わせると「森林」になります。木をビルや塀で囲みますと「困った」ことになります。だから木は自然の中で育てなくてはいけないんです。ここで問題です。「立って木を見る方は誰でしょう?」そうです、「親」です、この漢字が生まれた頃、赤ちゃんが男の子であれば、スギ・ヒノキを植え、将来子供たちが成長し家を建てるときに、その家の大黒柱、床柱に使ったんです。女の子であれば、桐を植え、嫁に行くときに桐ダンスを作ったんです。子供の成長を木に立って見ていたから、「親」と書くんです。アマゾンに住み45年が経ちますが、一つ教えられたことがあります。本当に大事なものは目に見えないものなんです。目に見えない「空気」が一番大事なんです。アマゾンの原始林の中では光が入ってきません。木を切りその隙間から差し込む光を見て、その暖かさに触れたときに初めて太陽に手を合わせ、感謝しました。日本では気がつかなかった大事なものの二つ目です。たった一人で開拓していて、頭がおかしくなりそうになったとき、日本語の広辞苑を見つけ、男泣きに泣きながら、声に出して読みました。その声ではっと気づきました。目に見えない「声」は自分を励ましている。今、日本語教育は見て聞く時代ですが、子供にはぜひ読んで書くことを薦めます。アマゾンに教えられたことはたくさんありましたが、その話はまた次の機会にお話したいと思います。本日はどうもありがとうございました。
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